承久の乱 トレンド
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2025.12.08〜(50週)
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@kyoto_np ここは倭国書紀にも記述がある交通の要所で、壬申の乱、承久の乱等の歴史の舞台でもあります。ここに落書きされたなんて、倭国の歴史文化そのものを傷つけられたと感じています。絶対に捕まえて厳罰を科して頂きたい。 December 12, 2025
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ウィッシュの舞台である13世紀の出来事
・第4回十字軍から始まる数度の十字軍
・モンゴル帝国の成立と征服
・承久の乱(北条政子が活躍する事件)
・元寇の襲来
・マグナ・カルタの成立(みんな大好きジョン王のあれ)
・オスマン帝国の成立
これ、あの国が今後生き残れるんですか(疑問)???? https://t.co/mZNVLSzWcD https://t.co/SSBKOVpUUL December 12, 2025
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日蓮の文字曼荼羅の相貌について
前回は、日蓮の文字曼荼羅と法華経如来寿量品第十六における久遠の本仏の説示「我常に此の娑婆世界に在って説法教化す」を踏まえて、文字曼荼羅の御本尊の意味を考えましたが、今回は文字曼荼羅の相貌に焦点を当てながら、さらに掘り下げて考えてみましょう。
日蓮が顕した文字曼荼羅の御本尊には、
「南無妙法蓮華経 日蓮花押」
を中心に
「南無釈迦牟尼仏 南無多宝如来 南無上行菩薩 南無無辺行菩薩 南無浄行菩薩 南無安立行菩薩 南無文殊師利菩薩 南無普賢菩薩 南無弥勒菩薩 南無薬王菩薩 南無舎利弗尊者 南無大迦葉尊者 不動明王 愛染明王 大梵天王 釈提桓因大王 大持国天王 大増長天王 大広目天王 大毘沙門天王 大日天大王 大月天王 明星天子 第六天魔王 天照太神 八幡大菩薩 転輪聖王 南無龍樹菩薩 南無天台大師 南無妙楽大師 南無伝教大師 阿修羅王 大龍王 鬼子母神 十羅刹女 提婆達多 阿闍世大王」
と、多くの仏菩薩や諸天、明王と天王、さらに諸神が配列されています。
一般的には法華経に説かれる虚空会の儀式に倣い曼荼羅が顕されたとの解説ですが、そもそも日蓮は何故、文字曼荼羅の御本尊を顕したのでしょうか?
また、何をヒントにしてこのような相貌・配列となったのでしょうか?
日蓮が文字曼荼羅の御本尊を顕した理由やその背景、そしてその相貌や配列がどのように形成されたのかについて確認してみましょう。
1 日蓮が文字曼荼羅を顕した理由
日蓮(1222-1282)は、鎌倉時代に活動した倭国の仏教僧で、法華経(妙法蓮華経)を仏教の最高の教えと位置付け、その信仰を広めることを生涯の使命としました。彼が文字曼荼羅を御本尊として顕した理由は、以下のような背景と目的に基づいているのではないでしょうか。
(1) 法華経の具現化と信仰の対象の確立
日蓮は、法華経こそが末法の時代(釈迦の入滅後、仏法が衰えるとされる時代)に人々を救う唯一の正法であると説きました。しかし、当時の仏教界では、阿弥陀仏や大日如来、薬師如来などの仏像を本尊とする宗派(浄土教や東密・台密など)が主流でした。日蓮はこれらを「末法に適さない」と批判し、法華経そのものを信仰の中心に据える必要があると考えました。そこで、法華経の教えを象徴し、視覚的かつ具体的に表現する手段として、文字曼荼羅を考案したのではないでしょうか。これにより、抽象的な経典を具体的な信仰の対象として、弟子檀越(でしだんのつ)に示すことが可能となりました。
(2) 末法の衆生救済の実践
日蓮は、末法の時代には人々の理解力や修行能力が低下していると考えました。そのため、仏像や絵画よりも、文字による直接的でシンプルな表現が適していると判断したのではないでしょうか。「南無妙法蓮華経」という題目を中心に据えた文字曼荼羅は、誰でも唱え、拝むことで法華経の功徳を受けられるとされ、広く民衆に受け入れられる形を意図していました。
(3) 自らの悟りと使命の表明
「万年救護本尊讃文」や多くの書簡によれば、日蓮は自身を「上行菩薩」の再誕と位置付けており、『法華経に説かれる虚空会の儀式を地上に再現する役割を担う者』と自認していたのでしょう。文字曼荼羅は、彼のこの使命を視覚的に示すものであり、「日蓮」との名乗りと花押を中央に記すことで、自らが一切衆生を南無妙法蓮華経という成仏の法と法華経の信仰世界へ導く導師であることを示したのではないでしょうか。
2 文字曼荼羅の相貌・配列のヒント
日蓮が文字曼荼羅に記した仏菩薩や諸天などの配列は、法華経の内容や当時の倭国の宗教的伝統、そして日蓮自身の思想を示すものといえるのではないでしょうか。以下に、そのヒントとなった要素を詳しく見ていきましょう。
(1) 法華経「見宝塔品」と「虚空会の儀式」
文字曼荼羅の構造は、法華経見宝塔品第十一以降に描かれる「虚空会の儀式」に基づいています。この場面では、多宝如来が宝塔とともに現れ、釈迦牟尼仏と共に説法を行い、多くの菩薩や天部が集う壮大な光景が描写されています。日蓮はこの場面を模範とし、曼荼羅に南無妙法蓮華経と「南無釈迦牟尼仏」「南無多宝如来」を中心に据え、さらに「上行菩薩」「無辺行菩薩」「浄行菩薩」「安立行菩薩」といった法華経に登場する四大菩薩を配置しました。
虚空会の儀式の意味として、すべての衆生が仏の智慧と慈悲の光に照らされて、我がいのち本来のありのままの尊い姿になるとの意義を表しており、それを文字曼荼羅の御本尊の相貌とした日蓮は、『法華経の核心的な教えを象徴的に再現した』のではないでしょうか。
(2) 法華経の諸尊の取り込み
文字曼荼羅の御本尊には、法華経に説かれる他の重要な菩薩や尊者も含まれます。例えば、「文殊師利菩薩」「普賢菩薩」「弥勒菩薩」「薬王菩薩」「舎利弗尊者」「大迦葉尊者」などは、法華経の中で重要な役割を果たす存在です。日蓮はこれらの諸尊を配列することで、『法華経全体の物語と教えを包含する本尊』を創り上げました。
(3) 倭国の神仏習合思想の影響
曼荼羅には、「天照太神」「八幡大菩薩」という倭国の神道や星を神格化した「明星天子」(虚空蔵菩薩の変化身とも)、さらにはバラモン教由来で仏教に摂り入れられた「大日天」「大月天」などの天部の存在も含まれています。これは、平安時代以降に進んだ神仏習合の影響を受けていると考えられます。日蓮は、法華経の教えが倭国全国に広がるためには、当時の民衆が親しんでいる神々を取り込むことが有効だと判断したのでしょう。文字曼荼羅の相貌座配により法華経の普遍性を示しつつ、倭国の風土に根ざした信仰形態を構築したといえるのではないでしょうか。
(4) 密教的要素の取り込み
「不動明王」「愛染明王」などの明王や「大梵天王」「毘沙門天王」などの天部は、密教の影響を受けたものです。日蓮は天台沙門(日興筆・立正安国論写本)として修学研鑽を始めており、台密・東密などの密教にも通じていました。こうした要素を曼荼羅に取り入れることで、法華経の護法善神・守護者としての役割を強調し、また当時の密教的な信仰にも訴える形を整えたのではないでしょうか。
背景としては、文永5年の「蒙古の国書」到来以来、「異国調伏の密教の祈祷」が盛んに行われていたことがあると思われます。「承久の乱」で朝廷側が敗れた因として、朝廷方の密教の祈祷が盛んであったことを何度も指摘してきた日蓮にとって「異国調伏の祈祷」は亡国の因となるものであり、「密教を代表する不動明王・愛染明王の本来の役割・使命は法華経の護法善神・守護者にあり」と文字曼荼羅の相貌に配列することにより示したのではないでしょうか。
そこには「真の異国調伏は正法たる法華経・南無妙法蓮華経への信仰である」という思いも込められていたと考えられます。「四十九院申状」の「第三の秘法、今に残すところなり。これひとえに、末法闘諍の始め、他国来難の刻み、一閻浮提の中に大合戦起こらんの時、国主この法を用いて兵乱に勝つべきの秘術なり」との訴えが、そのことを端的に表しています。
(5) 日蓮独自の思想と解釈
曼荼羅には「第六天魔王」「提婆達多」「阿闍世大王」など、一般的に「悪」とされる存在も含まれています。これは日蓮の独自の思想に基づくもので、彼は法華経の教えが善悪を超えてすべてを救う力を持つと説きました。特に提婆達多は、法華経提婆達多品第十二で釈迦に縁を結び、未来に成仏することが予言されており、日蓮はこの点を重視しました。また、「龍樹菩薩」「天台大師」「妙楽大師」「伝教大師」など、法華経を伝えた過去の祖師を加えることで、自らが釈尊以来の信仰の清流を伝える正統にして正当であることを示しているといえるでしょう。
3 配列の意味と構成
文字曼荼羅の配列は、中央に「南無妙法蓮華経」と日蓮の花押を置き、その周囲に釈迦牟尼仏と多宝如来を配置し、さらに四大菩薩や諸尊が放射状に広がる形を取ります。これは、虚空会の場面で諸仏が集う様子を模しつつ、日蓮の思想的な優先順位を反映しています。
・中央
「南無妙法蓮華経」は法華経の肝心であり、一切衆生救済の法、根源の法。
・左右
釈迦仏と多宝仏の二仏は、法華経の主役にして主人公ともいえる仏。
・周辺
菩薩、天部、神々は法華経と行者(信仰者)を護り、広める役割を象徴。
日蓮が文字曼荼羅を顕したのは、法華経の教えを末法の民衆に具体的に示し、信仰の中心とするためであり、その相貌や配列は法華経の「虚空会の儀式」を基盤にしつつ、倭国の神仏習合や密教的要素、日蓮自身の思想を融合させた結晶ともいえます。
この文字曼荼羅は単なる図像ではなく、日蓮の宗教的使命と世界観を体現したものであり、彼の弟子や檀越にとって、法華経の功徳を直接受け取るための「成仏(自己の真実に目覚める)の法」として機能したのではないでしょうか。 December 12, 2025
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平安時代から承久の乱の頃まで。
若い頃『平安時代史事典』に寄稿した項目の一覧です。
武士が多いのですが、すべて氏名で立項しています。
畠山重忠は平重忠で。
ここに書いた情報を前提に、家名(名字)でたどれるような出版物を計画しているのですが、研究の進展に追いつかず遅延を重ねています。 https://t.co/MybjiuScmp December 12, 2025
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まずは、読んでみましょう!
100番目! 順徳院の歌
第84代天皇
父後鳥羽院と共に討幕のために承久の乱を起こしました。が、敗北。佐渡ヶ島に配流、その地に崩御しました。
家集に順徳院御集があります。
歌学の集大成書・八雲御抄を著しました。 https://t.co/5lrIadWCIm December 12, 2025
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Qさま「教科書のスゴい女性偉人ベスト10」
5位は、北条政子でした。
承久の乱で朝廷と幕府の板挟み状態に陥った御家人達に対して「源頼朝の恩は山より高く海より深し」と演説してまとめ上げた"尼将軍"としてのカリスマ性は素晴らしいです。
大河ドラマ『鎌倉殿の13人』も最高でした!
#Qさま https://t.co/npH4LBCQUk December 12, 2025
〜「香川」〜
香川県に多い香川姓、茅ヶ崎にも「香川」の地名がある。
実は、香川氏のルーツは茅ヶ崎市にあった!✨
鎌倉氏の一族で平安時代末期に経高が、現茅ヶ崎市香川に住んで「香川経高」を名乗る。
承久の乱の功で所領を賜り、茅ケ崎から香川県に移り住んだ。
歴史って面白い
↓香川から🗻 https://t.co/XQ4eceQd2s December 12, 2025
そうですね。
実際に、江戸時代中期以降の大政委任論などからも、あくまでも幕府は帝率いる朝廷から大政を委任されているから、幕府による支配は正しいと言っていますし、その結果の明治維新期の大政奉還にも繋がりましたから。
そもそもが、武士自体が朝廷の下級公家などから生まれたもので、幕府自体が征夷大将軍という朝廷の役職の制服地での臨時政府という建前から認められているものでもあったはずです。
そういった由来から、征夷大将軍の正当化が帝・朝廷であり、源(みなもとを皇家と同じくするという由来らしい)氏による征夷大将軍の幕府による支配というかたちとなったのでしょう。
加えて、鎌倉幕府創設時の承久の乱の際には、朝廷側に付く西国武士が多かったわけで、朝廷権威を滅ぼすなんて無理だったわけです。
その体制が100年以上続いたわけで、室町幕府も同じく絶対的な強権や武力を持っていたわけではないので、北朝を擁立して後ろ盾としていたわけです。
結果、数百年間も朝廷権威により正当化される武家政権という構図が続いてきたので、それが当たり前になるのは当たり前でしょうね。
あとは、神輿としての価値が倭国一高いので、幕府が朝廷を倒そうとしようものなら、反幕府の大名たちが朝廷を神輿として担いでくるのは確実ですから、万が一にも朝廷を倒しても何とかなりそうなのは、江戸時代最初期の徳川将軍家(豊臣家滅亡後)くらいでしょう。
それでも、帝の落胤だとか実際の末裔だとかを擁立して天草の乱+薩摩もしくは長州なんて状態が起きれば、いくら徳川将軍家といえども倒されていたかも知れませんね。
そういった複数の要因の積み重ねでしょう。(幕末を見るだけでも、武士と公家たちが、如何に帝を取り込んで自分たちを正当化できるか?というせめぎ合いですから) December 12, 2025
そもそもが、鎌倉幕府なんて源氏の将軍は3代までで、宮家将軍や摂家将軍の下に執権政治やってたわけで、その上の朝廷や帝を倒すなんて、承久の乱を見ても武士には無理なんだよな。
だって、武士たちの上に帝や朝廷が居るわけだから。
そして、敵の敵は味方というのを朝廷はとても利用してくるから、本当に朝廷を倒さないとならないくらいの状態とならなければ、武士たちはまとまるわけがない。源平の諸家を見てもわかるが、すぐに権力を奪い合ってガチの内ゲバを始めるのよな。
それを上手く抑える仕組みが朝廷により任じられる征夷大将軍による幕府という仕組みだから、その後ろ盾であり正当化できる根拠を潰したら、周りの同業者から潰されるっていうのが幕府・武家政権よな。
結果、大政委任論に繋がり、大政奉還と実質的な薩長藩閥(土肥はおまけ)政府という名の帝を頂点とした幕府もどきの出来上がりというのが明治維新だから。
朝廷を滅ぼせる余裕なんてある幕府なんてあったのか?だよ。 December 12, 2025
ラスボスJapan!
倭国の支配者DS闇一族は、明治維新を画策し、表の田布施天皇を作り彼らはDSとなる画策をしてきました。
それは、永い間朱印船を持ち倭国人国民から年貢を納めさせ、その品の貿易で潤ってきたのです。
世界情勢を知り得た彼らは、アジア侵略戦争を目論み、昭和天皇を誕生させました。(昭和天皇の父親は大正天皇ではなく、朝廷貴族でした。)
アジア侵略戦争では、アジアの国々から巨万の富を強奪するのが本当の目的で、これは大成功をおさめ、しかも八百長戦争から始められた、米軍との太平洋戦争では、倭国科学者の作った原爆を広島と長崎に設置し、あの悲劇をも画策したのです!沢山の倭国人国民は大いに騙されてきました。
原爆の特許取得者はアメリカで極秘扱いとされています。開示せよ!
早苗ちゃんは倭国の支配者DS闇一族!(奈良出身)
倭国の支配者DS闇一族は、聖徳太子暗殺後に5人もの男子を亡くし、女性たちは法隆寺に寄進をしてきました。
男性は法隆寺の太子像に杭を討ち、怨霊を封じ込めていましたが、法隆寺はこれを大切に布でくるみ保存してきました。倭国のDSは、倭国書記も改ざんしています。
彼らは、その都度名前を変えてきているのは、明らかです。
彼らに立ち向かった者、平将門は有名で今も将門信仰が残っています。
承久の乱では、朝廷側の兵士が敗れました。
ラスボスJapan!
地球の大改革は創造主の計画です。
旧来の銀行システムは終わり、神のシステムQFSがすでに世界の銀行を繋いています!
長い間世界を支配して来た勢力の拠点は、宇宙からの応援を得て、ただ今破壊されてきています!
私達の惑星地球の腐敗は、宇宙から見ても改革の必要性があったのです。
惑星地球の私達はこれから、銀河連合の存在を知るでしょう。
この地球には、神からの支援を得ている多くの人が誕生しています!
地球の大改革は、腐敗した地球を立て直すためです!
創造主の光が、宇宙の友の光が、闇を照らしています!
そして私たち人間の目覚めた光は闇を照らしています!
惑星地球の史上大作戦が今行われています! December 12, 2025
北条得宗家や歴代執権がなぜ早死にしたかというと、承久の乱で確保した権益を「義時や泰時以外」がどうにかしようとした結果、過労死したんじゃないかと思っている。
逆に言えば義時や泰時はその存在自体で面倒ごとを減らせた December 12, 2025
【演説は効果薄?】🧐
北条政子の「山より高く」の名演説。
でも実際に御家人を動かしたのは…別の力だった?
史実を読み解くと意外な背景が見えてきます。
https://t.co/rWV5iztbfO #北条政子 #承久の乱 #鎌倉時代 December 12, 2025
更新しました。
【中学歴史・第22回】鎌倉幕府と執権政治
https://t.co/wijx1Z2zo5
#中学歴史 #高校受験 #定期テスト対策 #鎌倉時代 #執権政治 #承久の乱 #御成敗式目
大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を見ていた人は、よくわかる回です。
再放送いつかなー。 December 12, 2025
新選組初演のポスター、鐘ヶ江くんサイン入りでレアすぎ!即完売だったのに今出てるなんて、運命感じるわ〜。
4枚セット BSP 新選組 承久の乱 鐘ヶ江洸 サイン入りポスター
https://t.co/lh6g0xD4k3 December 12, 2025
忍術学園の生徒だと思った? 残念! 承久の乱の時、大井戸で一条信長と組合って深手を負わせたけど、武田信継に割って入られてやられた宮方の武将、美濃国の清和源氏でした! #蜂屋三郎 December 12, 2025
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