人間の証明 ドラマ
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2025.11.22 00:00
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『赤紙のあとに残ったもの』
#憲法改正反対
#緊急事態条項反対
赤紙は、夕飯の支度中に届いた。
母が味噌汁をかき混ぜていた手を止め、封を切る前から泣き出した。
私は黙っていた。
封筒の中身は、すでに私の骨の中に届いていた気がした。それは「死刑宣告」ではなかった。もっと曖昧で、もっと残酷なもの――「人間をやめる命令」だった。
出征の日、駅のホームで母が握らせたのは、干からびた梅干しだった。
「これがあれば、帰ってこれる」
そう言った母の手は震えていた。私はうなずいたが、心の中ではすでに「帰る」という言葉が腐り始めていた。
訓練所では、名前を奪われた。
番号で呼ばれ、人格は「非効率」として削られた。殴られ、蹴られ、叫ばれ、黙らされた。
ある夜、同期の一人が逃げようとした。
翌朝、彼の遺体が営倉の前に吊るされていた。口には「非国民」と書かれた紙が詰められていた。
私は見なかった。
見ないことで、自分を守った。
それが最初の「加担」だった。
戦地に着いたのは、雨の朝だった。
泥と血と油の匂いが混ざった空気が、肺にまとわりついた。最初の任務は、村の掃討だった。敵が潜んでいるという理由で、家々を焼き払った。
中から出てきた老婆を、上官が蹴り倒した。彼女は何かを叫んでいたが、言葉は私には届かなかった。届いたのは、頭蓋骨が割れる音だった。
私は撃った。
命令だった。
撃たなければ、撃たれる。
そう教えられた。
だから撃った。
少年を。
犬を。
自分の中の「ためらい」を。
ある日、捕虜を処刑するよう命じられた。
彼は震えていた。
私も震えていた。
だが、私の震えは「命令違反」として見なされた。
私は撃った。
彼の頭が弾けた。
その瞬間、私の中で何かが「沈黙」になった。
戦争が終わった。
私は生き残った。
だが、「生きている」とは言えなかった。
帰国しても、誰も私を見なかった。見ようとしなかった。
私は「語らない者」として歓迎された。
沈黙こそが、英雄の証だった。
だが、私は夜ごとに叫んだ。
夢の中で、焼けた家の中から子どもが手を伸ばしてくる。
私はその手を振り払う。
何度も。
何度も。
朝になると、爪の間に血が滲んでいた。
夢ではなかった。
職を得ようとした。
だが、履歴書の「従軍歴」が、私を沈黙に戻した。「立派ですね」と言われた。
だが、その言葉の裏にある「何も聞きたくない」が、私の皮膚を刺した。
ある日、駅で子どもが風船を落とした。
赤い風船が線路に落ちた瞬間、私は叫んだ。
「伏せろ!」
誰もが私を見た。
私は、ただの狂人だった。
私は、社会の中で「透明な火」になった。
誰も私を見ない。だが、私の中では、まだ燃えている。あの火が、あの声が、あの皮膚が。
だから私は、語る。
誰も聞きたがらなくても。
誰も信じたがらなくても。
私は語る。
それが、私に残された唯一の“人間の証明”だからだ。 November 11, 2025
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