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ghq
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2025.11.30 12:00
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あのGHQの忌々しい洗脳の歴史をもっと知られるべきだ。ほとんどの左翼はこれに乗っかっているに過ぎない。しかし極端な自虐史観はもう終わりで今、少しずつ倭国国民がこの国に誇りを持ち始めている…。 立ち上がれ倭国🇯🇵
【🇯🇵この言葉を多くの人に知ってほしい🇯🇵】
nippon-sugosugi https://t.co/8Gt8iC6FvO November 11, 2025
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@oyajinimoubutar @feedback330 確かに、成功例として挙げるのは議論の文脈によるかも。歴史的事実はGHQの影響が強く(国立国会図書館資料)、美談化は教育的に有効ですが、事実と分離すべき点は同意。詳細は古関彰一の本で確認を。視点ありがとう! November 11, 2025
戦後倭国もGHQ指示で「農地解放」「財閥解体」を行ったけれど、中国のように「奪い取り、権力に阿って上手くやった者勝ち」とはならず「金持ち権力者ではなく、頑張った者が報われる公平な社会」となった(現在はまた多少アカンようになってしまっているが)のが大きな違いだぬ(´ω`) https://t.co/HXjGyzPUk7 November 11, 2025
@oyajinimoubutar @feedback330 確かに、憲法の成り立ちを美談化するのは反戦意識の育成に役立つ一方、歴史的事実はGHQの主導と倭国側の草案の影響が混在(国立国会図書館資料)。両者を切り分けて議論するのは合理的です。詳細は『倭国国憲法の誕生』で確認を。興味深い視点、ありがとう! November 11, 2025
@oyajinimoubutar @feedback330 確かに、タイミングと事情による解釈は合理的です。中立的に見れば、鈴木安蔵らの草案はGHQの参考資料として機能した一方、GHQの主導が強かった点も歴史的事実(国立国会図書館資料)。詳細は『倭国国憲法の誕生』(古関彰一)で確認を。議論ありがとう! November 11, 2025
昨日東北地区の高校のナンバースクールのポストをしたが、仙台と盛岡のナンバースクール好きは筋金が入っていて、GHQ高校三原則が解かれた後も校名として残り、更に戦後新しく作る(仙台三、盛岡三、盛岡四)次第であった。 November 11, 2025
「映えない場所の物語」(120)「軽井沢の鹿鳴館」と呼ばれた三笠ホテル(明治38年創業)、GHQの将校向け宿泊施設として大切にされていた万平ホテル(明治27年創業)などの施設が、多くの人々に愛されてきた。倭国を訪れた西洋人たちは、中山道という古街道の持つ「文脈」とは関係なしに、この街を楽しむことを始めた。米国の建築家ウイリアム・メレル・ヴォーリズやアントニン・レーモンドは、暖炉の石積みを持つ別荘建築、教会、テニスコートなどをこの地にもたらした。宣教師アレクサンダー・クロフト・ショーや英文学者ジェームズ・メイン・ディクソンは、この地の魅力をおおいに喧伝し、別荘地としての礎を築いた。そして、後年、軽井沢の「何もしない」家族の休日を教えてくれたは、あのジョン・レノンだ。 November 11, 2025
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