桜庭和志 スポーツ
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2025.12.08〜(50週)
:0% :0% ( 40代 / 男性 )
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天心vsメイウェザーをマッチメイクした2018年大晦日のRIZINは何を考えていたのか https://t.co/dAtQOhKvJ3
・試合当日の朝「富士山に登りたい」
・「ケンタッキーを用意しないと試合はやらない」
・コールドウェル戦の堀口恭司に桜庭和志を見た
・DREAMの葬式だった「平成最後のやれんのか!」 December 12, 2025
15RP
RIZINアワードの裏話なんだけど、、、
個人的に大興奮したのでどうしても言いたいことがあって‼️
舞台裏でプレゼンターの桜庭和志さんがいらっしゃって、武井家では教育番組の体操のお兄さんよりも、桜庭さんとPRIDEを観て育ったので‼️もう1人で脳内パニック🤯そして未だに思い出してニヤニヤ… December 12, 2025
7RP
#桜庭和志 さん
#ホベルサトシソウザ 選手
この2ショット見れて嬉しかった🤩
RIZIN AWARD 〜10th Anniversary〜
サトシ選手、
ベストサブミッションファイター賞
受賞おめでとうございます🏆
#RIZIN_AWARD https://t.co/fXnO1XiTVi December 12, 2025
6RP
寄せ書きサインカードコレクション⑥
桜庭和志選手
&
ミノワマン選手
&
宮田和幸選手
K-1Dynamite!!のカードに3名の寄せ書きサインをいただきました。サインをいただいた時期はバラバラで、この寄せ書きを完成させるまで10年ほどかかりました。完成した時の嬉しさは格別でした! https://t.co/dCXRUG5Cbd December 12, 2025
2RP
「最強流派」という神話の正体(私見)
極真会館は「無敗」と言われ、
グレイシー柔術は「最強」と言われてきた。
ただ、今振り返ってみると、
それは流派そのものが強かったというより、
代表選手個人が突出して強かったからだったのではないかと思う。
極真会館の象徴は大山倍達。
グレイシー柔術の象徴はヒクソン・グレイシー。
どちらも、規格外の肉体と精神を持った
特異な存在だった。
流派は、その人物の強さを背景に
「最強」という評価を与えられていったのではないだろうか。
---
神話は「個人」が去ると揺らぎ始める
神話が神話として語られ続けるのは、
象徴となる個人が無敗でいる間だったように思う。
ヒクソンが表舞台から距離を置き、
グレイシー柔術が体系化・普及していく中で、
「絶対」という空気は、少しずつ変わっていった。
私にとって、それを決定づけたのは
桜庭和志 対 ホイス・グレイシーの試合だった。
あの試合で負けたのは
グレイシー柔術ではない、
ホイス個人だ、という見方もある。
それも理解できる。
ただ少なくとも、
当時の私の目にはこう映った。
> 「最強と呼ばれてきたものが、現実の前で揺らいだ」
そう感じた瞬間だった。
---
流派が強いのではなく、人が強かったのではないか
格闘技の歴史を眺めると、
私はある共通点を感じる。
極真が強かったのは、大山倍達という存在がいたからではなかったか
グレイシーが強かったのは、ヒクソンという象徴がいたからではなかったか
そして勝利したのは、「桜庭和志という個人」だった
流派は、強さを保証するものではない。
少なくとも私は、そう思う。
リングの上で頼れるのは、
体系よりも、
看板よりも、
その人自身が積み重ねてきたものだけだ。
---
神話を信じるということ
神話は心地いい。
「この流派に属していれば強い」
そう思えるのは楽だからだ。
だが現実の試合では、
流派が代わりに戦ってくれることはない。
そこに立つのは、
たった一人の人間だ。
桜庭和志は、
圧倒的な看板を持たず、
自分の戦い方を徹底的に磨き上げ、
結果として勝利した。
それは、私にはとても現実的で、
同時に説得力のある光景だった。
---
最強とは何か、という問い
最強は、体系そのものではない。
最強は、組織そのものでもない。
最強とは、個人がどこまで自分を突き詰めたか
その結果として、一時的にそう呼ばれるものなのではないか。
私は今、そう考えている。
そしてその個人が表舞台を去れば、
「最強」という言葉もまた、
静かに更新されていく。
それが格闘技の、
そして現実世界の姿なのだと思う。 December 12, 2025
「最強流派」という神話の正体(私見)
極真会館は「無敗」と言われ、
グレイシー柔術は「最強」と言われてきた。
ただ、今振り返ってみると、
それは流派そのものが強かったというより、
代表選手個人が突出して強かったからだったのではないかと思う。
極真会館の象徴は大山倍達。
グレイシー柔術の象徴はヒクソン・グレイシー。
どちらも、規格外の肉体と精神を持った
特異な存在だった。
流派は、その人物の強さを背景に
「最強」という評価を与えられていったのではないだろうか。
---
神話は「個人」が去ると揺らぎ始める
神話が神話として語られ続けるのは、
象徴となる個人が無敗でいる間だったように思う。
ヒクソンが表舞台から距離を置き、
グレイシー柔術が体系化・普及していく中で、
「絶対」という空気は、少しずつ変わっていった。
私にとって、それを決定づけたのは
桜庭和志 対 ホイス・グレイシーの試合だった。
あの試合で負けたのは
グレイシー柔術ではない、
ホイス個人だ、という見方もある。
それも理解できる。
ただ少なくとも、
当時の私の目にはこう映った。
> 「最強と呼ばれてきたものが、現実の前で揺らいだ」
そう感じた瞬間だった。
---
流派が強いのではなく、人が強かったのではないか
格闘技の歴史を眺めると、
私はある共通点を感じる。
極真が強かったのは、大山倍達という存在がいたからではなかったか
グレイシーが強かったのは、ヒクソンという象徴がいたからではなかったか
そして勝利したのは、「桜庭和志という個人」だった
流派は、強さを保証するものではない。
少なくとも私は、そう思う。
リングの上で頼れるのは、
体系よりも、
看板よりも、
その人自身が積み重ねてきたものだけだ。
---
神話を信じるということ
神話は心地いい。
「この流派に属していれば強い」
そう思えるのは楽だからだ。
だが現実の試合では、
流派が代わりに戦ってくれることはない。
そこに立つのは、
たった一人の人間だ。
桜庭和志は、
圧倒的な看板を持たず、
自分の戦い方を徹底的に磨き上げ、
結果として勝利した。
それは、私にはとても現実的で、
同時に説得力のある光景だった。
---
最強とは何か、という問い
最強は、体系そのものではない。
最強は、組織そのものでもない。
最強とは、個人がどこまで自分を突き詰めたか
その結果として、一時的にそう呼ばれるものなのではないか。
私は今、そう考えている。
そしてその個人が表舞台を去れば、
「最強」という言葉もまた、
静かに更新されていく。
それが格闘技の、
そして現実世界の姿なのだと思う。
https://t.co/4qYAXFr2V8 December 12, 2025
「最強流派」という神話の正体(私見)
極真会館は「無敗」と言われ、
グレイシー柔術は「最強」と言われてきた。
ただ、今振り返ってみると、
それは流派そのものが強かったというより、
代表選手個人が突出して強かったからだったのではないかと思う。
極真会館の象徴は大山倍達。
グレイシー柔術の象徴はヒクソン・グレイシー。
どちらも、規格外の肉体と精神を持った
特異な存在だった。
流派は、その人物の強さを背景に
「最強」という評価を与えられていったのではないだろうか。
---
神話は「個人」が去ると揺らぎ始める
神話が神話として語られ続けるのは、
象徴となる個人が無敗でいる間だったように思う。
ヒクソンが表舞台から距離を置き、
グレイシー柔術が体系化・普及していく中で、
「絶対」という空気は、少しずつ変わっていった。
私にとって、それを決定づけたのは
桜庭和志 対 ホイス・グレイシーの試合だった。
あの試合で負けたのは
グレイシー柔術ではない、
ホイス個人だ、という見方もある。
それも理解できる。
ただ少なくとも、
当時の私の目にはこう映った。
> 「最強と呼ばれてきたものが、現実の前で揺らいだ」
そう感じた瞬間だった。
---
流派が強いのではなく、人が強かったのではないか
格闘技の歴史を眺めると、
私はある共通点を感じる。
極真が強かったのは、大山倍達という存在がいたからではなかったか
グレイシーが強かったのは、ヒクソンという象徴がいたからではなかったか
そして勝利したのは、「桜庭和志という個人」だった
流派は、強さを保証するものではない。
少なくとも私は、そう思う。
リングの上で頼れるのは、
体系よりも、
看板よりも、
その人自身が積み重ねてきたものだけだ。
---
神話を信じるということ
神話は心地いい。
「この流派に属していれば強い」
そう思えるのは楽だからだ。
だが現実の試合では、
流派が代わりに戦ってくれることはない。
そこに立つのは、
たった一人の人間だ。
桜庭和志は、
圧倒的な看板を持たず、
自分の戦い方を徹底的に磨き上げ、
結果として勝利した。
それは、私にはとても現実的で、
同時に説得力のある光景だった。
---
最強とは何か、という問い
最強は、体系そのものではない。
最強は、組織そのものでもない。
最強とは、個人がどこまで自分を突き詰めたか
その結果として、一時的にそう呼ばれるものなのではないか。
私は今、そう考えている。
そしてその個人が表舞台を去れば、
「最強」という言葉もまた、
静かに更新されていく。
それが格闘技の、
そして現実世界の姿なのだと思う。
https://t.co/FGXOuGasaQ December 12, 2025
UFCタイトルコンテンダーやタイトルショット圏内(TOP10)入りした🇯🇵選手
90年代
桜庭和志(UFC-Jトナメ覇者,殿堂入り)
00年代
桜井マッハ
宇野薫
10年代
岡見勇信
堀口恭司
水垣偉弥
20年代
朝倉海
平良達郎
堀口恭司
※時代時代で最高峰じゃなかったり軽量級なかったりUFCの価値もマチマチだけども December 12, 2025
そういえば、そうか「庭(にわ)」と「場(ば)」は同根か!と思ったのは、当時Uインター所属だった「桜庭和志」の名前を知ったとき。
羽田の田辺書店で旅のお供に買った柳澤健さんの『2000年の桜庭和志』は、大好き本の一つ。 https://t.co/WUJkO6z5Az December 12, 2025
格闘技観戦45年の歴史で、会場興奮1位=国立競技場大会。興奮して余韻長かった大会=THE MATCHIと前田日明vsニールセン。試合後にイライラした試合=桜庭和志vs秋山成勲。。今年の大晦日RIZINは全カードが良い。これらを超えてほしい😌 December 12, 2025
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