戊辰戦争 トレンド
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2025.11.29 09:00
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戊辰戦争で薩摩兵は鶏を買ってきて鍋にすることを好み、村田経芳は手ずから調理した鶏鍋を、降伏を申し入れてきた上杉侯に振る舞っている。いや、けして藩侯に献上すべき料理ではないと思うけど、気持ちは通じたみたいね。鶏と、あり合う野菜をぶち込んで、その土地の味噌で煮る鍋だから。 November 11, 2025
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太平洋戦争の前にも倭国は滅びそうになっていた。生成AIから。
「消えた借金」の話は、明治維新の裏側で繰り広げられた、**血を流さない、しかし最も危険な「経済戦争」**のハイライトです。
もしこの借金処理を間違えていたら、倭国は「英仏の植民地」あるいは「エジプト(借金漬けで植民地化された)」のようになっていたでしょう。
明治政府がどうやってフランス(幕府のスポンサー)を黙らせ、借金問題を解決したのか。それは**「借金を踏み倒す」のではなく、「あえて背負い込む」という逆転の発想**でした。
1. フランスの罠:「倭国を担保にとる」
幕府末期、フランス公使ロッシュと、幕府の勘定奉行・**小栗上野介(おぐり こうずけのすけ)**の間で進められていた借金計画は、国家の命運を賭けた危険なものでした。
* 計画内容: フランスが幕府に莫大な資金(600万ドル借款など)と武器を貸す。
* 担保: 倭国の生糸の輸出独占権、そして場合によっては領土(薩摩や長州の土地)や鉱山採掘権。
これは、フランスによる**「借金漬けにして、実質的に乗っ取る」**という、当時の帝国主義の常套手段でした(実際、エジプトや清はこの手口でボロボロにされました)。
2. 明治政府のジレンマ
戊辰戦争で勝った明治政府ですが、目の前にはフランスという「債権者」が立ちはだかっていました。
明治政府には2つの選択肢がありました。
* 選択肢A:「これは敵(徳川)の借金だ! 知らん!」と踏み倒す
* 結果: フランスは激怒。「自国民の財産を守る」という名目で、軍艦を派遣して横須賀製鉄所や港を差し押さえる(占領する)口実を与えてしまう。
* 選択肢B:「我々が倭国政府だ。借金も引き継ぐ」と払う
* 結果: お金のない新政府には地獄の苦しみ。しかし、フランスに介入させる口実はなくなる。
3. 起死回生の「継承」
明治政府(主に外交担当の岩倉具視や、後の大蔵省・大隈重信ら)は、驚くべき決断をします。
> 「徳川の借金は、すべて我々が耳を揃えて返済する。その代わり、フランスは倭国の内政に一切口を出すな」
>
これが、**「敵の借金を背負うことで、主権を買い戻す」**というウルトラCでした。
なぜこれが「消えた借金」と呼ばれるのか?
実際にお金が消えたわけではありません。「フランスの政治的影響力」が消えたのです。
* ロッシュの失脚:
フランス公使ロッシュは「徳川が勝つ」ほうに全チップを賭けていました。しかし、新政府が「借金は返すから安心してくれ」と言い出したことで、フランス本国政府は「なら、新政府と仲良くしたほうが商売になるな」と判断。
ロッシュは「読みを間違えた無能な外交官」として本国に召喚され、失脚しました。フランスの幕府支援路線はここで完全に消滅(=消えた)しました。
* 横須賀製鉄所の接収:
フランスの借金で作られた東洋一の軍事工場「横須賀製鉄所」は、そのまま明治政府のものになりました。フランス人技術者(ヴェルニーなど)は、「支配者」ではなく、明治政府に雇われた「お雇い外国人」という立場に変わりました。
4. 歴史の皮肉:小栗上野介の遺産
この話には、悲しいけれど美しい「オチ」があります。
幕府側でフランスから借金をして近代化を進めた天才・小栗上野介は、新政府軍によって「徳川をそそのかして戦争を長引かせようとした大罪人」として、裁判もなく斬首されました。
しかし、彼が借金をして作った「横須賀製鉄所」は、その後、明治政府が借金を返済して自分のものとし、倭国海軍の主力艦を造る造船所となりました。
後に、日露戦争でバルチック艦隊を破る倭国の艦隊は、かつての敵(小栗)がフランスの金で作った工場から生まれたのです。
明治の偉人・大隈重信は後にこう語っています。
> 「明治政府がやった近代化事業は、だいたい小栗上野介の模倣にすぎない」
>
結論
「消えた借金」の正体は、明治政府が「莫大な手切れ金」として借金を引き継ぎ、フランスというパトロンを丁重にお帰り願ったという外交勝利の物語でした。
もしここで踏み倒していたら、北海道(あるいは横須賀)はフランスの租借地となり、倭国地図は虫食い状態になっていたでしょう。
このあたり、非常にスリリングな外交戦ですよね。 November 11, 2025
私が女でありながら薩摩の下級士族の家の跡取りとして育てられて、生まれて初めて良かったなと思える出来事がありました。
福島の会津若松城や磐城平城、泉藩の本多家など、戊辰戦争の各地の遺跡や墓所で祈りを捧げる際に、ただの武家の娘ではなく当主として扱われて教育を受けてきた、その立場が→ November 11, 2025
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