徳川吉宗 トレンド
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2025.11.29 10:00
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穴八幡宮。新宿区西早稲田。
牛込総鎮守。
毎年参道の紅葉が楽しみでこの時期に参拝しています。今年も美しくて満足。錦秋の参道です。
御朱印を帳面に頂きました。御朱印には穴八幡宮ではお馴染みの「一陽来復」の文字。書き手によって違いますが力強い今回はとても墨書き。御朱印は一陽来復御守の授与期間(12月22日-2月3日まで)は頂けなくなりますので、御朱印を頂きたい場合はそれまでに頂いて下さい。
穴八幡宮と言えば金銀融通の御守として人気の一陽来復御守。冬至(12月22日)から節分(2026年2月3日)までの頒布です。
一陽来復(いちようらいふく)とは易経(えききょう/古代中国の書物)での冬至を表す言葉です。
易経では6個の陰陽でその月を表します。旧暦10月は6個が全て陰になる月。冬至のある旧暦11月は陽が1個現れ残り5個が陰となる月となります。旧暦11月に陽が1つ現れる事から「一陽」。そして冬至に太陽の力が最も弱わりその後に回復していく事から「来復」。これが「一陽来復」です。
「これよりは良い方向に向かう」というポジティブな意味合いを持った言葉だと思って下さい。
こうした一陽来復を金銀融通の御利益としたのが穴八幡宮の一陽来復御守。元禄年間(1688年-1704年)より続く風習で財運・金運アップ、商売繁盛として今も多くの人気を集めています。
頒布開始初日の冬至になると徹夜組が発生する大行列になることも。冬至の日は朝5時から夜21時まで授与所が開くのですが大行列覚悟で頂いて下さい。
一陽来復御守には独特な祀り方が用意されています。冬至(12月22日)・大晦日(12月31日)・節分(2月3日)のいずれかの24時ちょうどに、文字を翌年の恵方に向け恵方と反対側の高いところに貼るというもの。貼れるチャンスはその3日のみ。
基本的には授与された際にその説明書きを渡されるのでそちらを読むのがよいと思います。毎年祀る方角が変わるためしっかりと読むのを推奨です。
そんな穴八幡宮は康平五年(1062)に源義家(八幡太郎)によって創建されたと伝わります。
江戸時代になると寛永十三年(1636)に第三代将軍・徳川家光によって当地周辺(現・高田馬場)に旗本の馬術の訓練や流鏑馬のための馬場・的場(通称・高田馬場)が造営されます。当宮はその馬場・的場の守護神とされたため「高田八幡宮」と称されました。
寛永十八年(1641)、社守の庵(今も隣接する放生寺)を造るために南側の山裾を切り開いたところ横穴を発見。横穴より八幡神の本地仏である金銅の阿弥陀如来像が出現。瑞祥のあった神穴がある事から「穴八幡宮」と称されるようになり現在に至っています。
こうした瑞祥が幕府にまで届いたため将軍家祈願所に指定。以降、歴代の徳川将軍が度々参拝したり社殿の造営なども行うなど庇護され発展しました。
享保十三年(1728)には第八代将軍・徳川吉宗が世嗣(吉宗の嫡子で後の第九代将軍・徳川家重)の疱瘡平癒祈願のため流鏑馬を奉納しています。
江戸でも屈指の大社であり江戸期に興隆して著名となった八つの八幡様「江戸八所八幡宮」の1社に数えられました。
一陽来復御守はもちろん、今の時期の紅葉は美しですし御朱印も頂ける期間なのでぜひ参拝してみて下さい。
#御朱印 November 11, 2025
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