1
イノサン
0post
2025.12.06
:0% :0% (60代/男性)
イノサンに関するポスト数は前日に比べ275%増加しました。男性の比率は34%増加し、前日に変わり60代男性の皆さんからのポストが最も多いです。前日は「エピソード」に関する評判が話題でしたが、本日話題になっているキーワードは「EMPiRE」です。
人気のポスト ※表示されているRP数は特定時点のものです
【恐怖について/バートン・リチャードソン先生のインタビューより】
これまで稽古、練習をしていて『恐怖』を感じたことはありますか?
ー
はい、あります!初めて、カリアカデミーを訪れた際にもハッキリと言葉にはできませんが、これから稽古をしていくにあたって、漠然と「恐い」と感じましたし、実際に練習が始まってみたら「自分にはそこまで向いてないのかもしれない」、「センスがないのかもしれない」…と思い、そういう気持ちに対してもある種の恐怖を感じていたと思います。
インストラクターになり、指導する立場になってからは、「自分のすることがダン・イノサント師を失望させてしまうかもしれない…」ということに恐怖を感じる時期もありました。
他人から『格好悪い』と思われることも恐れていました。
試合や競技に臨む際には、敗けることを恐れていました。
”ドッグ・ブラザーズ”時代、エリック・ナウスとスパーリングをするときはいつも、あのとてつもないスティックの打撃で重傷を負うかもしれない恐怖を感じていました。
ただ、振り返って見ると、自分が感じて来た『恐怖』の中で最も大きかったのは『格好が悪さ』、『バツの悪い』思いをすることに対するものと、『失敗する』ことに対するものだと思います。
これらに対する恐怖心というのは、上達することから自身を遠ざけてしまうものであるのですが…。
私たちは自分が今いる現状や現況にたいして『快』を感じたり、安心するようになると、そこから抜け出せず『停滞』するようになります。
私はダン・イノサント師が60歳の時に、ブラジリアン柔術を始め、白帯を巻いたのを覚えています。柔術を始めたばかりの頃というのは大半の人がそうだと思うのですが、『格好悪い』ことばかりです。うまく動けませんし、そもそもどう動いていいかさえわからない。何年も厳しい稽古を積んで、黒帯になっても、上手い人たちと組めばバツの悪いと感じるような経験をするでしょう。それは普通にそういうものではあるのですが、避けて通りたくなるような経験でもあります。しかし、60歳になったダン・イノサント師にとっては新しいことに臨んでいく上で、『やめておこう』と思う理由にはならなかったのです。これは多くの人にとって『手本』となるようなあり方だと思います。
これは私の考えですが、武術・武道・格闘技を通じて『恐怖』と向き合い、対応する経験は、日常生活において、私達が感じている恐怖や不安というものが「想像にすぎない」ことに気がつかせてくれることに繋がると思っています。
私達は悪いことが起こるだろう、よくない結果になるだろうと、実際にはまだそんなことは起こってすらいないのに想像してしまうことができます。そして、そのような悪いことが起こることを繰り返し、想像し続けることで、恐怖に苛まされるのです。
しかし往々にして、そのような出来事は起こることすらなかったり、実際には良い結果や終わりを迎えるということもあります。重要なことは、想像上の恐怖に支配されるのではなく、それをうまく用いることで、身の回りの出来事・物事…その実体を見極めることができるようになることではないでしょうか。
武術・武道・格闘技から得られる素晴らしい教訓の一つとして、そのような実践をすることで自身の日常や人生をより豊かなものにしていけるということがあると思います。
引用元:”MY JEET KUNE DO UNLIMITED ADVENTURE, Burton Richardson, AWP/EMPIRE BOOKS”より December 12, 2025
6RP
今日もバートン先生のインタビュー記事から一節をご紹介…!
【武術というのはバートン先生にとって『自然』に感じられる物事だったでしょうか?ー例えば、何かの動きを練習する時、それが簡単であったり、自分に合っていると感じられたでしょうか?】
ー
「自然」に感じられたかということに関連して、一つエピソードを紹介させて下さい…私がダン・イノサント師父の元を訪ね、オリジナル・カリアカデミーで武術を始めたまさに初めての日のことです。
その日のクラスはリチャード・バステロ師父が教えていました。サイドキックの練習の準備の一環として、壁に手をつきバランスをとりながら、脚を横に、出来るだけ高く挙げる運動をしていました。私はゆっくりと足を上げていき、自分の膝より少し上の高さにくる当たりが限界でしたが、周囲を見渡した時に自分以外の来ていた生徒のみんなが自分の頭の高さレベルまで足が上がっていたのをみて驚いたのを覚えています。あれは本当に驚きでした!
このことから、脚を挙げるということに関しては、自分でも知りませんでしたが、身体的に苦手である、または他の人がしているような高さまで挙げることは難しいということは明らかでした。そして、自身にとってのそういう事実を目の当たりすることは非常に落胆を感じるものでもありました。
後になって、この時クラスに参加していた自分以外の方々は、何らかの武術・武道・格闘技で黒帯を修められていた方々だったと知って、皆さん経験を積まれてきた方なのだ…と思い、そこまで落胆することもないのかもしれないと思い直しましたが、自分の道のりは長いな…と感じた瞬間でもありました。
このような経験から、始めの質問に対する私の答えは「ノー」ということになります。
武術・武道・格闘技に取り組んでいくことは自分にとって「自然」と感じられることではなかったですし、向いていないと感じる側面の方が多かったかもしれません。
例えば、あるフットワークであるとか、力の入れ方みたいなものが自分にとって取り組みやすい、やりやすいと感じたこともありますが、大半の経験というのは難しく、ある種の努力を要するものだったと思います。
多くのことは自分にとって“foreign”でした。
引用元:”MY JEET KUNE DO UNLIMITED ADVENTURE, Burton Richardson, AWP/EMPIRE BOOKS”より December 12, 2025
1RP
すごい、、!全部でかい。広い。
ベルサイユの薔薇とかイノサンとか、、フランス革命前後の作品や歴史がめちゃくちゃ好きなので、ここがあの、、?!って感じで感激✨🤩✨ https://t.co/XJnJ4KYztK December 12, 2025
【恐怖について/バートン・リチャードソン先生のインタビューより】
稽古、練習をしていて『恐怖』を感じることはありますか?
ー
はい、あります!初めて、カリアカデミーを訪れた際にもハッキリと言葉にはできませんが、これから稽古をしていくにあたって、漠然と「恐い」と感じましたし、実際に練習が始まってみたら「自分にはそこまで向いてないのかもしれない」、「センスがないのかもしれない」…と思い、そういう気持ちに対してもある種の恐怖を感じていたと思います。
インストラクターになり、指導する立場になってからは、「自分のすることがダン・イノサント師を失望させてしまうかもしれない…」ということに恐怖を感じる時期もありました。
他人から『格好悪い』と思われることも恐れていました。
試合や競技に臨む際には、敗けることを恐れていました。
”ドッグ・ブラザーズ”時代、エリック・ナウスとスパーリングをするときはいつも、あのとてつもないスティックの打撃で重傷を負うかもしれない恐怖を感じていました。
ただ、振り返って見ると、自分が感じて来た『恐怖』の中で最も大きかったのは『格好が悪さ』、『バツの悪い』思いをすることに対するものと、『失敗する』ことに対するものだと思います。
これらに対する恐怖心というのは、上達することから自身を遠ざけてしまうものであるのですが…。
私たちは自分が今いる現状や現況にたいして『快』を感じたり、安心するようになると、そこから抜け出せず『停滞』するようになります。
私はダン・イノサント師が60歳の時に、ブラジリアン柔術を始め、白帯を巻いたのを覚えています。柔術を始めたばかりの頃というのは大半の人がそうだと思うのですが、『格好悪い』ことばかりです。うまく動けませんし、そもそもどう動いていいかさえわからない。何年も厳しい稽古を積んで、黒帯になっても、上手い人たちと組めばバツの悪いと感じるような経験をするでしょう。それは普通にそういうものではあるのですが、避けて通りたくなるような経験でもあります。しかし、60歳になったダン・イノサント師にとっては新しいことに臨んでいく上で、『やめておこう』と思う理由にはならなかったのです。これは多くの人にとって『手本』となるようなあり方だと思います。
これは私の考えですが、武術・武道・格闘技を通じて『恐怖』と向き合い、対応する経験は、日常生活において、私達が感じている恐怖や不安というものが「想像にすぎない」ことに気がつかせてくれることに繋がると思っています。
私達は悪いことが起こるだろう、よくない結果になるだろうと、実際にはまだそんなことは起こってすらいないのに想像してしまうことができます。そして、そのような悪いことが起こることを繰り返し想像し続けるのですことで、恐怖に苛まされるのです。
しかし往々にして、そのような出来事は起こることすらなかったり、実際には良い結果や終わりを迎えるということもあります。重要なことは、想像上の恐怖に支配されるのではなく、それをうまく用いることで、身の回りの出来事・物事…その実体を見極めることができるようになることではないでしょうか。
武術・武道・格闘技から得られる素晴らしい教訓の一つとして、そのような実践をすることで自身の日常や人生をより豊かなものにしていけるということがあると思います。
引用元:”MY JEET KUNE DO UNLIMITED ADVENTURE, Burton Richardson, AWP/EMPIRE BOOKS”より December 12, 2025
【恐怖について/バートン・リチャードソン先生のインタビューより】
これまで稽古、練習をしていて『恐怖』を感じたことはありますか?
ー
はい、あります!初めて、カリアカデミーを訪れた際にもハッキリと言葉にはできませんが、これから稽古をしていくにあたって、漠然と「恐い」と感じましたし、実際に練習が始まってみたら「自分にはそこまで向いてないのかもしれない」、「センスがないのかもしれない」…と思い、そういう気持ちに対してもある種の恐怖を感じていたと思います。
インストラクターになり、指導する立場になってからは、「自分のすることがダン・イノサント師を失望させてしまうかもしれない…」ということに恐怖を感じる時期もありました。
他人から『格好悪い』と思われることも恐れていました。
試合や競技に臨む際には、敗けることを恐れていました。
”ドッグ・ブラザーズ”時代、エリック・ナウスとスパーリングをするときはいつも、あのとてつもないスティックの打撃で重傷を負うかもしれない恐怖を感じていました。
ただ、振り返って見ると、自分が感じて来た『恐怖』の中で最も大きかったのは『格好が悪さ』、『バツの悪い』思いをすることに対するものと、『失敗する』ことに対するものだと思います。
これらに対する恐怖心というのは、上達することから自身を遠ざけてしまうものであるのですが…。
私たちは自分が今いる現状や現況にたいして『快』を感じたり、安心するようになると、そこから抜け出せず『停滞』するようになります。
私はダン・イノサント師が60歳の時に、ブラジリアン柔術を始め、白帯を巻いたのを覚えています。柔術を始めたばかりの頃というのは大半の人がそうだと思うのですが、『格好悪い』ことばかりです。うまく動けませんし、そもそもどう動いていいかさえわからない。何年も厳しい稽古を積んで、黒帯になっても、上手い人たちと組めばバツの悪いと感じるような経験をするでしょう。それは普通にそういうものではあるのですが、避けて通りたくなるような経験でもあります。しかし、60歳になったダン・イノサント師にとっては新しいことに臨んでいく上で、『やめておこう』と思う理由にはならなかったのです。これは多くの人にとって『手本』となるようなあり方だと思います。
これは私の考えですが、武術・武道・格闘技を通じて『恐怖』と向き合い、対応する経験は、日常生活において、私達が感じている恐怖や不安というものが「想像にすぎない」ことに気がつかせてくれることに繋がると思っています。
私達は悪いことが起こるだろう、よくない結果になるだろうと、実際にはまだそんなことは起こってすらいないのに想像してしまうことができます。そして、そのような悪いことが起こることを繰り返し想像し続けるのですことで、恐怖に苛まされるのです。
しかし往々にして、そのような出来事は起こることすらなかったり、実際には良い結果や終わりを迎えるということもあります。重要なことは、想像上の恐怖に支配されるのではなく、それをうまく用いることで、身の回りの出来事・物事…その実体を見極めることができるようになることではないでしょうか。
武術・武道・格闘技から得られる素晴らしい教訓の一つとして、そのような実践をすることで自身の日常や人生をより豊かなものにしていけるということがあると思います。
引用元:”MY JEET KUNE DO UNLIMITED ADVENTURE, Burton Richardson, AWP/EMPIRE BOOKS”より December 12, 2025
好きな作品はBLAME、BIBLIOMANIA、R.O.D、バスタード、ベルセルク、イノサン、チ。、メイドインアビス、宝石の国、薔薇王の葬列、累、魔法使いの嫁、とつくにの少女、煙と蜜、テガミバチ、不滅のあなたへ、保健室の死神、光が死んだ夏、黒執事、以下敬称略押見修造、黒咲練導、道満晴明、江野朱美でs December 12, 2025
<ポストの表示について>
本サイトではXの利用規約に沿ってポストを表示させていただいております。ポストの非表示を希望される方はこちらのお問い合わせフォームまでご連絡下さい。こちらのデータはAPIでも販売しております。



