小泉純一郎 トレンド
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2025.11.28
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小泉純一郎に関するポスト数は前日に比べ36%減少しました。男性の比率は7%増加し、前日に変わり20代男性の皆さんからのポストが最も多いです。前日は「首相」に関する評判が話題でしたが、本日話題になっているキーワードは「倭国」です。
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【世界名馬紹介】
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〝ジャングルポケット〟🇯🇵
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父 トニービン
母 ダンスチャーマー
母父 ヌレイエフ
生年:1998年
性別:牡馬
毛色:鹿毛
生涯成績:13戦5勝[5-3-1-4]
主な勝ち鞍:倭国ダービー、ジャパンカップ、共同通信杯、札幌2歳S
アグネスタキオン・クロフネと同期。
〝光り輝く世代〟(柏木集保氏命名)の
猛々しきダービー馬。
ダービー制覇後に勝利の雄叫び。
JCでオペラオーを差し切り
世代超ハイレベルを示す。
府中での末脚の破壊力、決め手は
史上屈指のものがあった。
その姿は時の宰相に似ていた―
そのワンパクぶりはそっくりな名前の漫画を彷彿とさせた――
そしてその幼さは、同名の童謡そのままだった――。
記憶に残るダービー馬ジャングルポケット。彼の勝ったダービーは、しとしとと五月雨が降り注ぐ曇天の下催された。押し寄せる外圧。最強の刺客「黒船」と“青葉城”を陥落させた青い眼のヒットマン・RUZEL襲来。アグネスタキオンと言う名の絶対的皇帝を欠きながらも、倭国軍には焦りの色はなかった。そこに粗ぶり傲慢なまでに己の強さを謳う王者が君臨していたからだ。
外国産馬クロフネとルゼルを向こうにまわし、口を割りながら返し馬に入るジャングルポケットを見て、不安に駆られたファンも少なくなかったはずだ。いかに府中に絶対適性を備えているトニービン産駒のジャングルポケットと言えども、この2,400で掛かってしまっては一たまりも無い。最大のライバル・アグネスタキオンが突然の引退で不在と言えど、この年のクラシックは史上空前のハイレベルで皐月賞で先着を許したダンツフレームを筆頭に骨のある豪傑揃い。スタミナをロスしてしまえば、最後の直線勝負で「まさか」の事態を許してしまいかねなかった。
しかし、それは完全に杞憂に終わることになる。
中団から後方へ待機。直線で外へ持ち出すとアッと言う間に抜け出し、なんと舌をベロベロと出しながら、ダンツフレーム、ダンシングカラー、ボーンキング、クロフネ、テンザンセイザといった強豪を置き去りにダービーゴールへと伸びて行った。
21世紀最初の倭国ダービー馬の座についたジャングルポケットはゴール後、激情し、首を上下に大きく首を振り、天高く嘶いた。まるで「俺がチャンピオンだ!」と吼えるように。この勝利に主戦の角田晃一騎手、調教師の渡辺栄氏、またオーナーの齊藤四方司氏、そして厩務員の星野幸夫氏は表彰台の上目頭を熱くし、互いにガッチリと固い握手を交わした。4人にとってこのダービー制覇は何物にも変え難い、煌きを放つ螢玉のような至福の時間であった。それと言うのも、4人の胸に1995年のクラシック…ダービー馬当確と言われていたフジキセキの無念の引退があったからだ。フジキセキとダービーを夢見た4人の男たちの時間が、6年の時を超え再び動き出した。このダービーをマスコミは「フジキセキの無念を晴らす」と溜飲を下げた。
ジャングルポケットは北海道は早来ノーザンファームに生を受けた。幼少時よりヤンチャぶりを発揮し、担当を困惑させていたようだ。そんなワンパクボーイのデビュー戦は札幌競馬場での芝1,800mが当てられた。2番手から3番手につける早め先行の競馬からタガノテイオー、メジロベイリーらを捻じ伏せ優勝。続く札幌3歳S(芝1,800m)では2戦2勝で連続大勝でここへと参陣してきたテイエムオーシャン、折り返しの新馬で他馬を寄せ付けなかったタガノテイオーらを豪快に差しきってレコード勝ちを果たした。この時のタイム1:49.6は、札幌の2歳戦(当時までは3歳)で史上はじめて50秒を切った時計で、上位3頭(ジャングル、タガノ、テイエム)は相当な器だと賛嘆されていた。
実際にこの評価は間違っておらず、札幌デビュー組は秋になると猛威を振るい始めた。東京スポーツ杯(芝1,800m)をタガノテイオーが圧勝。阪神3歳牝馬S(芝1,600m)ではテイエムオーシャンが勝ち、さらには朝日杯3歳S(芝1,600m)ではメジロベイリー、タガノテイオーがワンツーフィニッシュを決めた。これら3頭を破ているジャングルポケットは桁違いだと、名声はライバルたちのおかげもあり鰻登りに上がっていった。
復帰戦となったのは暮れの阪神、そうあの伝説のレース…ラジオたんぱ杯3歳S(芝2,000m)である。これだけ騒がれていたにも関わらず、ジャングルポケットは3番人気に留まった…それもそのはず。ここには連続でレコード勝ちし、その馬名から話題となっていたクロフネが出走してきたのである。クロフネの京都2,000mの2歳(当時は3歳)レコードは2:00.7。さらにクロフネは時計が掛かる阪神2,000mでもレコードを記録。2:01.2。この時計は例年のラジオたんぱ杯で記録されるかされないかというくらいの壮絶なもので、一般的に2歳暮れに2分1秒代で走った馬はクラシック級と論評されている。クロフネはこの常識を根本から覆す走りを見せていた訳で、ジャングルより上の人気になるのは納得がいくものといえよう。2番人気はアグネスタキオン。この年のダービー馬アグネスフライトの全弟というだけでなく、評判馬が集まったデビュー戦で33秒8という極上の切れ味を見せてここへと参戦してきた。ダービー馬の兄と比較して「はるかに上」という絶大なる高評価の噂が流布していたこともあり、ジャングルポケットは上述の2頭に続く、3番人気となった。
レースはマイネルエスケープの逃げをクロフネが4コーナーであっさりと飲み込み、独走態勢に持ち込んだものの、外から物凄い瞬発力で弾け、溢れる推進力で突き抜けていく一閃の輝き…アグネスタキオンであった。ジャングルは休み明けが影響し、勝負所でモタついてしまい、直線猛然と追い込むもクロフネを交わし、さあここから…というところでゴールを迎えた。
アグネスタキオン陣営からは早くも三冠を意識する言葉が聞かれたが、ジャングル陣営は全く下を向かなかった。
仕切り直しの1戦は共同通信杯(芝1,800m)。初東上となったこのレースで、ジャングルポケットは府中への「絶対適性」とスケールの違いを見せ付けた。
掛かり気味に中団を進み、直線では持ったまま先頭。口向きの悪さを露呈しながらも、結局楽走のままレースを終えた。タイム1:47.9も標準以上の早いもので、この1戦で陣営はダービーへの自信を深めたようだった。朧気に見えていた夢絵図が現実身を帯びてきたのだ。
クラシック第一弾の皐月賞(芝2,000m)ではスタートで躓き、立ち遅れてしまいチグハグなレースに。最後に必死の猛襲を見せるも、タキオンに完敗。不覚にもダンツフレームにも先着を許し、ダービーへと抱く情念はさらに激しく燃え滾ることとなった。
皐月賞後、アグネスタキオンの突然の引退が発表される。屈腱炎がその主因であり、その誘因となったのが中山競馬場・弥生賞時の極悪馬場だったという説がある。実際、タキオンと同レースに出走していたボーンキング、ミスキャストなどはその後不振に陥ったり、長期休養を余儀なくされている。
そして迎えたダービーデーは冒頭で述懐したとおりで、ジャングルポケットの独り舞台となった。
ジャングルポケットはダービー後に休養に入り、心身の疲れを癒すと、デビューの地・札幌競馬場へと現れた。札幌デビューの本馬がダービー馬となり札幌最高のレースへ赴くというこれ以上ないシチュエーションに札幌が揺れた。しかし、やはり右回りになるとどこかぎこちなく、エアエミネムの3着と敗れてしまう。故郷凱旋、錦を飾ることはできなかったものの、秋への試走と捉えれば決して悪い内容ではなかった。
クラシック最終章の菊花賞では、やはり同じようなレース振りで、どこか歯痒い印象さえ受けた。このレースでジャングルポケットは初めて馬券圏外へと落ちる4着となってしまう。2戦連続の不甲斐無いレースぶりに、オーナーサイドも見るに見かねたのか、次走ジャパンカップでは乗り替えの英断を下す。
街路樹を黄金色の銀杏が覆う中、舞い戻ってきた夢舞台…“真”のホームグラウンド東京。ジャパンカップはダービーと同舞台。そしてこのレースへは、GIを連勝し続ける最強古馬テイエムオペラオー、そのライバルであるメイショウドトウ、ナリタトップロードら、古馬の最強クラスが結集していた。すなわち、これらの猛者たちを屈服せることが出来れば、ジャングルポケットへ年度代表馬の称号が天授される可能性もあった。それ以上に、想いを焦がしたこの東京コースでジャングルポケット自身が並々ならぬオーラを放散させていた。陣営もそれをビリビリと感知しており、負ける訳にはいかないと、獅子奮迅の気合を見せていた。
大好きな東京…
全力全開で走れる東京…
直線コースで敢然と抜け出した世紀末覇王目掛けて、豪烈な伸びを見せる馬が一頭…――
そうこの馬しかいない―。ジャングルポケットだ。
テイエムに並ぶと熾烈な叩き合いが展開された。しかし、ジャングルがさらに脚力の駆動・回転速力を上げ、最終最後の猛スパート!ゴールの刹那…咆雷がゴール板を伝い府中へと鳴動した――
勝ったのは――
新時代の申し子、
ジャングルポケット
だった。
最強覇王を圧倒しての戴冠。最高の美酒に浸り、
夕暮れの街を眺望するジャングルポケット。
新たなる世紀が求めていた名馬伝説の始まりに思えた…――。
しかし、これがジャングルポケットの最後の勝利となってしまった。右回りではやはり決め手に詰めを欠き、さらに泣きっ面に蜂なことに、翌2002年は東京競馬場がコース改修のため、天皇賞もジャパンカップも全て大の苦手である中山コースでの開催となってしまった。ジャングルポケットのJC以降のスランプはことこれに起因していると推論を巡らすに尽きよう。
21世紀…新世紀最初に相応しい勇者の走り。
そして彼方の雄叫びをファンは忘れまい。
府中のスタンドを奮わせたあの咆哮は、
未来へ向け放たれていたのかもしれない――。
☆ジャングルポケットという馬名は、NHKの教育番組『おかあさんといっしょ』の中で歌われた童謡が由来となっている。
☆ジャングルポケットがダービーとジャパンカップを勝ち、年度代表馬となった2001年、偶然にも『ジャングルはいつもハレのちグゥ』というアニメが放映を開始していた。
☆ジャングルポケットがダービーを勝ち、激しく嘶いているその様は、当時一世を風靡し、時の人となっていた小泉純一郎元首相に例えられた。
「自民党をぶっこわす!」「感動した!」などで知られる感情剥き出しに勇ましく発言する姿が重なったのかもしれない。その因果関係か、翌2002年小泉首相はダービー観戦のため東京競馬場を来訪している。現役総理大臣がダービー観戦を行うのは岸信介氏以来、史上2人目だった。
☆ジャングルポケットはその愛くるしい名前とキャラクターから非常に女性ファンの多い馬だった。
☆よしもと芸人の『ジャングルポケット』の由来は同馬が発端となっている。
☆ジャングルポケットの勝った新馬戦は非常にレベルが高く、出走した全8頭が勝ち上がっている。 November 11, 2025
15RP
そしてナポリの場面で小泉純一郎さんを指さすおかゆちゃんに、心の中でちょ、やめてwって思ってたら、ずんちゃんが“やめなさい!笑”ってしてた😊
小泉さんは真っ直ぐ前を見て全く見てなかった😊笑 November 11, 2025
10RP
【11/27 13:30】BAYSIDE STAR
終演後時間経ったので……
朝央れんさん、七生眞希さん、涼華まやさん、真みや涼子さん、ご観劇でした!!
95期!!!🫶
そしてなんと……!!
小泉純一郎元総理と、石原伸晃さんもいらしてました😳😳
みんながいろんなニュアンスで目線をあわせてて楽しすぎました😂 November 11, 2025
5RP
おかゆちゃんが指さした後センターパーツアピールした時の私の脳内
「え?OGさんでセンターパーツといえばの人なんている?CPで俺らが沸くのってエスカリエのずんさんの髪型ガチャか、りせくんの総見の時しか思い当たらないが…」
答え
小泉純一郎さんwww
まさかすぎだろ November 11, 2025
2RP
中国にODAでキックバック30%だそうですが、関係のある政治家は?
中国の対外援助(ODA:政府開発援助)は、主に1979年の鄧小平訪日以降、大平正芳首相(当時)から本格的に開始され、約40年間にわたり総額で約3.6兆円以上(借款を中心に)が供与されました。このODA政策を主導・推進した主要な政治家は以下の通りです。
ODA開始・拡大期の主要政治家(1970年代~1990年代)
- **大平正芳**(首相 1978-1980):1979年に中国への初の円借款を約束し、中国ODAの事実上の創始者。
- **鈴木善幸**(首相 1980-1982):1984年に最初の長期(5カ年)借款枠組みを決定。
- **中曽根康弘**(首相 1982-1987):中国への借款を大幅に増額(1984-1989年の第2期借款で約1兆円規模)。
- **竹下登**(首相 1987-1989):1988年に第3期借款(1990-1995年、約8100億円)を決定。
- **宮澤喜一**(首相 1991-1993、外相時代も重要):1992年の天安門事件後の制裁解除後、ODA再開の立役者。
2000年代以降(縮小・終了期)の主要政治家
- **小泉純一郎**(首相 2001-2006):2004年に有償資金協力(円借款)の新規供与終了を決定(無償・技術協力は継続)。
- **安倍晋三**(第1次・第2次政権):2018年10月の訪中時に「新たな段階に入った」として、原則的に政府開発援助(ODA)を終了する方針を表明。
特に中国ODAと強く結びつけられる政治家(総額・期間で影響大)
1. **田中角栄**(1972年日中国交正常化)→ 直接ODA開始は大平だが、正常化が前提条件。
2. **大平正芳** → 実質的な開始者として最も象徴的。
3. **中曽根康弘** → 供与額が最大規模に達した時期の首相。
4. **橋本龍太郎**(1996-2001大蔵相・首相)→ 財政難の中でも一定規模を維持。
結論として、中国へのODAを「開始し、最大規模まで拡大した政治家」として最も責任が大きいのは**大平正芳**と**中曽根康弘**の2名であり、終了を決めたのは**小泉純一郎**と**安倍晋三**です。
(注:2018年以降も技術協力や一部無償資金協力は細々と継続していますが、従来型の大型円借款を中心としたODAは実質的に終了しています。) November 11, 2025
1RP
@tbs_houtoku 平成13年頃、小泉純一郎総理が東南アジア諸国歴訪中クアラルンプールからヘッドホンを装着し日米と言われ言葉を止められる、私が基軸と言うと総理も基軸と言われる、、私は倭国でテレビを見ている、、畠野三郎のトリック‼️ですよ‼️斎藤健を尋問すれば吐露させれば‼️心と心が繋がっていればの正体を‼️ November 11, 2025
1RP
@bakunojob 小泉改革で倭国を奈落の底に突き落とした小泉純一郎&竹中平蔵👿
こんなヤツに旭日大綬章を叙勲する壺市早苗の正体見たり👿 https://t.co/OdpdnSV0mL November 11, 2025
あの時も国民は狂ったように小泉純一郎の劇場型政治に踊らされていた。
「純ちゃーん!」「ユーセイミンエイカー!」「自民党をぶっ壊す!」等々。
しかし、彼がやったのは倭国の貧困化の今に繋がる非正規雇用の増加と、しなくても良かった郵政民営化による倭国郵便のモラル崩壊。 https://t.co/sPmhhe7LI3 November 11, 2025
83歳の小泉純一郎さんの近影に心惹かれました。質素な暮らしぶりと懐かしさが参考に。シニア世代の生き方のヒントにぜひ読んでみてください #シニアライフ応援 #健康を支える暮らし https://t.co/5lSUnyRxEU November 11, 2025
ウマ娘アニメ一期
ジャパンカップまできました!!
感動した!cv小泉純一郎
これしか思い浮かばない。
スペちゃんジャパンカップであのブロワイエを始めとする世界の強豪たちを置いていく走りをしたもんな
レースを見ている時点で泣きそうになった
あれはやばい
#ウマ娘プリティーダービー November 11, 2025
@Ootani_Acid 世の中 高市総理大臣は
小泉純一郎が透けて見える
自民党本部に壁一面
写真を貼れば良い
ポスターを販売すれば良い
早苗饅頭を売れば良い
スパイ防止法やれば良い
議員削減やれば良い
憲法改正すれば良い
裏金作れば良い
電波法やれば良い
でもやらないのは
日米地位協定 November 11, 2025
つけば🇯🇵政府は英霊を戦争被害者から更に「犬死に」へと貶めかねない。此国立慰霊施設は野中弘務が発案し鳩山由紀夫が蒸し返し福田康夫が推進させ小泉純一郎が検討を指示した物だ。彼らに無いのが愛国心である。歴史を正視する姿勢も無い。そんな連中が🇨🇳の対日戦略の初弾“靖国廃棄”を決めたら🇯🇵はずる November 11, 2025
倭国の政治家「顔と評価の法則」
悪役顔=最初は叩かれまくる
スマート顔=最初だけバズる小泉純一郎
就任時「自民党ぶっ壊す!」で党内総攻撃→郵政民営化成功
→今は「平成最強の改革首相」
安倍晋三
第一次「右翼の暴走男」で1年で辞任→第二次でアベノミクス・安保法制
→死後も「倭国を取り戻した英雄」
小泉進次郎
今:美女妻+イケメン補正で人気No.1
将来総理になったら「弱腰ポピュリズム」で地獄の叩かれ祭り確定(笑)
石破茂
悪役顔でずっと「裏切り者」扱い
→高市政権がコケたら「後始末は石破しかいない」で急上昇中
結論
倭国人は「和を乱す人=悪」と即叩く
でも歴史は結果で評価するから
最初に悪役やって痛い目見た人ほど、後から「名首相」になる悪役やってる政治家=今は辛いけど将来教科書に載る可能性大
スマート顔で人気の政治家=今は気持ちいいけど数年後に賞味期限切れまさに「最初に叩かれた者勝ち」
これが倭国政治のリアルです。#政治 #印象操作 #悪役顔最強説 November 11, 2025
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