仏教 トレンド
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2025.11.30 03:00
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ブッダがインド人への愚痴をまとめてたら仏教が生まれた話ほんと好き。 https://t.co/fsZYxRI6FG https://t.co/A24KMdUEmN November 11, 2025
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普段私達は極自然に民間信仰と融合した仏教や神道に触れ、その「滲み」が倭国の寛容さとして挙げられる事さえある。そんな時、対照的に「不寛容で厳しいイスラム教」を意識しては居ないだろうか。しかしイスラム世界にも倭国と同じく異質な物同士が滲んだまま共存する優しい境界が存在するのだ。 https://t.co/kiq982Qvwb November 11, 2025
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折伏をせず、御書を拝読せずに幹部を批判する。会長が、執行部が間違っていると声高に主張する。
それは五逆罪のひとつ破和合僧(仏教の教団を分裂させること)につながります。
その先は。ぼくのように無間地獄行きです
ぼくは臆病なため、批判ができませんでした。それでも苦しみ抜きました https://t.co/s2ulxf86yQ November 11, 2025
ホントに不思議だが、キリスト教や仏教の人達がイスラム教の国で教会や寺を作りたい、火葬場を作りたいと言ったら、猛攻撃してくるだろうに、イスラム教徒達はまぁ要求が多いよな。豚肉とか強要しない俺らなのに、イスラム教徒やたらと嫌悪感丸出しだし。なぜ海外に住もうとすんの? November 11, 2025
福岡音楽都市協議会(#MCCF)の顔、深町健二郎さんの『音事記 音楽都市・福岡はなぜ生まれたのか』(梓書院)を半年かけて読了。これは30年超にわたり倭国経済新聞(九州版)に寄稿したコラムをベースにしたもの。
川上音二郎にはじまり、タモリ、井上陽水から椎名林檎にいたる地元ゆかりの有名人も、福岡を訪れた外タレも、地元密着型の音楽人も(そしてぼくも)すべて同列で論じる。そこが深町さんならでは。さらに空海や最澄を引用して仏教思想への言及を随所に配したことも、同書にワン&オンリーの風格と深みを与えている。
「虚しく往きて満ち満ちて還る」
大学進学で上京し、メジャーデビューを経験したミュージシャンでもある深町さんは言う。
「福岡はタレントは輩出するけど、そのほとんどは流出する」
故郷の福岡へUターンしてからは、いくつもの音楽関連イベントのプロデュースを成功させ、TVやラジオ番組にも多数出演、押しも押されもせぬ「街の顔」に。豊富な海外経験もふまえた福岡への提言は、音楽を超えた都市論でもある。
「福岡が他の都市に比べて〈優れる〉のではなく〈異なる〉価値観を大切にし、寛容でのぼせもん気質を持続する街であって欲しい」
はたと気づく。希望を込めて語る、この現代的で好ましい魅力を備えた「街」の在り方こそは、彼の人となりそのものではないかと。
音楽芸能都市・福岡の文化振興に人生を捧げてきた稀代のプロデューサーの、会心の一冊である。 November 11, 2025
ユンギが韓国で治療センターを設立し,その後倭国自閉症協会にファンから数多くの寄付が寄せられ,それが倭国で記事となり,また韓国で報道された…
まさに,”선한 영향력”
倭国語だと”善行の広がり”かな
”善行”は,元々は仏教用語で未来や来世にまで良い結果をもたらす意味だって
あ…本当に感動だよㅠㅠ https://t.co/RNBPcsVj4g November 11, 2025
#れいわ新選組 のボラさんに紹介されて
近くのお寺で #パレスチナ 問題を描く映画 #私は憎まない を拝見しました。主人公はガザ出身の医師。3人の娘を戦火で失いつつも、憎しみに染まらず人々を呼び返し続ける姿は #仏教 の本質そのものです。ぜひご覧ください。
https://t.co/DErz7z9d1U https://t.co/eMrHLOY6dP November 11, 2025
✦︎ 命の循環と諸行無常 ︎✦︎
命の循環とは、生まれ、育ち、老い、還っていく生命の自然な流れのこと。親に育てられた子が、やがて親を支える側になる。この役割の移り変わりもまた、命が巡り続ける美しい姿です。
諸行無常とは、すべてのものは変わり続け、永遠に同じ状態ではいられないという仏教の教え。
花が咲き、やがて散るように。
満月が欠け、また満ちるように。
この二つは深く結びついています。
すべてが移ろうからこそ、
命は次へと受け継がれていく。
変化することは悲しみだけでなく、
新しい命への希望でもあります。
老いていく親を前にしたとき、
私たちはこの真理を実感します。
終わりがあるからこそ、今この瞬間が尊い。変わりゆくからこそ、共にいる時間が愛おしい。
それが、命の循環であり、諸行無常の意味なのです。
🎥 Followしてご覧ください🙌🏻
大愚和尚の一問一答【公式】
https://t.co/SA2mat0mfk November 11, 2025
㊺ どこの国でのいつのことか。誰が撮影していたのか、知りたい。まあ不可思議ではないが。
かたや、倭国では、仏教の寺の住職、神道の神主の家庭でも、12.24にはケーキを食べたり、子にサンタクロースが来ると。
私はそれが好き。戦う神様とかはイカンから。https://t.co/37jaRUsLSH November 11, 2025
**真の信仰とは何か ―『天聖経』が示す、神様中心の方向感覚を取り戻す旅―**
天聖経にはこう記されています:
「真の信仰の道という時、“真”とは一つしかありません。信仰の対象は誰か?それは絶対なる神様です。信仰生活とは、神様の御心に従い、神様の願いの目的地を探していくことです。
自分が望むことではありません。信仰者が望むことでもないのです。今まで世界的な信仰界に混乱が起きているのは、信仰の目的が自分中心ではなく、“神様の御心”を成すことだということを知らないからです。」
この言葉を読んだ時、私の心にははっきりとこう響きました。
**真の信仰とは、神様中心の方向感覚を取り戻す旅なのだ。**
**1. 「真の信仰」は神様との方向の一致である**
「真の信仰」という言葉が出てきた時、それは単に宗教生活をきちんと送ることを意味するのではないと気づきました。
それは神様との方向の一致―
つまり、**「私の意志ではなく、神様の御心を求めていく旅」**なのです。
今のように、それぞれが異なる信念を持ち、様々な解釈が飛び交う時代において、
**「真とは一つしかありません」**
この言葉は、まるで羅針盤のように明確な指針を示しています。
**2. 信仰は「神様の願い」を中心とすべきもの**
「自分が望むことではありません。」
この言葉が特に心に刺さりました。
なぜなら、私たちの多くは**「神様を信じる」**と言いながらも、実際には神様を通して自分の願いを叶えようとしているからです。
しかしここでは、まったく逆のことが教えられています―
**信仰とは神様のための旅である**と。
それは自己中心的な願望の達成ではなく、神様の御心を実現するための献身なのです。
**3. 信仰の混乱、その根本原因を突く**
「信仰の目的が自分を中心としたものではなく、神様の御心を成すためのものであることを知らないために、問題が起きているのです。」
これは現代の宗教界と信仰者が抱える最大の病を正確に指摘した言葉だと感じます。
キリスト教であれ、統一教会であれ、仏教であれ、どこであっても
**「自分のための信仰」**に留まる時、
それは信仰ではなく、宗教の消費に近づいてしまいます。
この教えは、信仰という言葉にまとわりついた あらゆる人間中心の影を取り払い、
真に**「神様の御心を中心とした純度100%の信仰」**がどのようなものかを明確に示しています。
**最後に: 信仰は神様との愛の関係である**
この言葉は、単なる宗教的教義ではなく、
愛の関係論としても読むことができました。
真の愛も、真の信仰も、
**「私が望む方法」**ではなく、
相手が望むものへ向かって歩んでいくものではないでしょうか?
だからこそ、この教えは
**「信仰とは神様との愛である」**という
極めて純粋な結論へと導いてくれるのです。
真の信仰とは、自分を捨てて神様の御心に従う
その清らかな決意の中にこそ、真の自由と平和があるのだと信じます。 November 11, 2025
仏教はそもそもが「不殺生」「不傷害」の教えだから、攻撃的な宗教と同じところに併存しようとしても、時がたてばドンドン浸食されて滅ぼされる危険性がある。世界の「歴史」がそれを如実に証明してる。倭国の仏教徒よ、この地球上に仏法を一日でも永く存続させるため、移民反対の声をあげよう❗️ https://t.co/qV0RcqNOvA November 11, 2025
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