戦後80年 トレンド
0post
2025.11.17〜(47週)
:0% :0% (40代/男性)
人気のポスト ※表示されているRP数は特定時点のものです
星野源は自身のせいでは無いにも関わらず「地獄でなぜ悪い」の歌唱を許されなかったのに、原爆ランプを買って可愛いと言ったK-POPアイドルは揶揄する意図が無かったから大丈夫?NHK舐めてるだろ。しかも戦後80年だぞ。 https://t.co/5XLxKPIJcF November 11, 2025
8,998RP
最近X上で、🇨🇳中国共産党を強く支持するアカウントが、倭国や他の民主主義国を批判する投稿をよく目にします。しかしご存知の通り中国国内では、一般の国民は国家の検閲を回避しない限り、Xにアクセスすることはできません。この矛盾こそが、両国の政治体制の違いを如実に示しています。
さらに、そうしたアカウントの中には、歴史を武器として利用しようとする人たちもいます。しかし、歴史は鏡です。私たちは歴史から学ぶべきであって、憎しみを煽る道具として利用してはならないと思います。
まして今年は戦後80年。
私たちの世代の多くは、あの悲惨な戦争を直接知りません。
だからこそ、過去の戦争をもう一度戦うのではなく、次の戦争をいかに防ぐかにこそ責任があります。
また、あまり海外では知られていませんが、現代中国の発展を支えたのは、倭国のODAでした。ほぼ40年にわたり、倭国は政治条件をつけず、誠実に支援を続けてきました。
たとえば倭国のODAは――上海浦東空港、上海地下鉄、天津の水道インフラ、大連港・青島港の港湾整備、上海・天津の光ファイバーネットワークの初期構築など、中国の基幹インフラの整備に深く関わっています。
中でも象徴的なのは、北京首都国際空港です。倭国のODAで近代化されたこの空港は、後に香港市場に上場する運営会社を設立しましたが、
倭国はその会社の株を1株も保有していません。倭国はインフラの整備を支援しましたが、株主にすらなっていないのです。こうした事実はあまり知られていませんが、倭国の支援がいかに誠実で、無償性の高いものであったかをよく示しています。
私自身、2003年に初当選した当時から、自民党本部で対中ODAの継続はすでに本来の趣旨から逸脱していると訴えてきました。急速に経済発展を遂げた中国に、ODAという名の円借款を続けることは、支援というより、むしろ矛盾そのものであると感じていたからです。
それにもかかわらず、今日のX上では、民主主義国の自由なプラットフォームを使って、倭国を攻撃する投稿が散見されます。この矛盾もまた、看過すべきではありません。
しかし重要なのは、矛盾そのものというより、力による現状変更を決して許してはならないという原則です。これは責任ある民主国家が共有する価値であり、インド太平洋地域の平和の根幹です。
倭国は、侵略戦争を始めることは絶対にありません。それは過去も今も、そしてこれからも変わりません。しかし同時に、倭国は国民の命と自由、そして民主主義を守る責任があります。そのためには、必要な備えを怠ることはできません。
私たちの世代に課せられた使命は、はっきりしています。それは、恐怖や力による圧力に屈するのではなく、自由、民主主義、人権、そして法の支配といった普遍的な価値を守りながら、この地域の未来を責任あるリーダーシップによって、平和で安定したものとして築いていくことです。
そして、自由で開かれたインド太平洋を信じるすべての国々とともに、
この地域の平和と安定を守り続けることを心から願っています。
🇯🇵中山泰秀 November 11, 2025
4,196RP
石破前首相の発言が、今なお頭から離れない。戦後80年所感を発表時に、「メディアと権力が一体化することが一番怖い。誰も批判しなくなってしまう」と指摘したのだが、後を継いだ高市首相の支持率は非常に高い。支持率が高ければ高いほど、メディアが「空気を読む」ことにより批判しなくなりかねない。いかなる時も、「空気を読まない」メディアが必要だ November 11, 2025
3,933RP
石破さんの時は「消費税は5%かゼロか」とか「戦後80年見解はよかった」的な、平和で前向きな話が多かったのに。
高市政権に変わって1ヶ月で、株価は乱高下、超円安、トリプル安、非核三原則見直し、原潜、緊急事態条項、そして日中断交の危機。
倭国は滅ぶのか?
みたいな雰囲気になってきた。 November 11, 2025
1,803RP
「嫌なら見なきゃいい」
なぜキノコ雲を面白がった外国人歌手1人のために倭国人が年末の楽しみ紅白を諦めなきゃいけないのか
紅白を夢見てきた他の歌手も、趣向を凝らした演出も観てもらえないのか
戦後80年、紅白100年、本来なら今から皆ワクワクしてる筈なのに
辞退してほしい
それぞれ自国の年末番組を盛り上げればいい November 11, 2025
963RP
《ここに来て衝撃の新事実》
#aespa原爆ランプ事件 の新情報
韓国人からタレコミ
「ニンニンの買ったランプの名前は
【広島のあの日の核爆発照明】だった」
これ本気でヤバいだろ
NHKも終わりだよ
#NHKはaespaの共犯
この件、僕は「NHKが戦後80年倭国ヘイトの為にaespaを鉄砲玉にした」と考えてる。 https://t.co/KflfFv1kUH November 11, 2025
713RP
《ここに来て衝撃の新事実》
#aespa原爆ランプ事件 の新情報
韓国人からタレコミ
「ニンニンの買ったランプの名前は
【広島のあの日の核爆発照明】だった」
これ本気でヤバいだろ
NHKも終わりだよ
#NHKはaespaの共犯
この件、僕は「NHKが戦後80年倭国ヘイトの為にaespaを鉄砲玉にした」と考えてる。 https://t.co/4MQz7rRF5L https://t.co/QaHWJZz1qM November 11, 2025
355RP
去る10月11日。倭国原水爆被害者団体協議会(倭国被団協)のノーベル平和賞受賞決定から一年の日に開かれたシンポジウムに客席から参加しました。今年は被爆・戦後80年でもあります。
ノーベル平和賞受賞報告や、リレートーク、そしてホワイエでは「ヒバクシャと空襲被害者と語ろう」という企画もあり、戦争を知る人たちがいなくなってしまう前にどうにかして若い世代にこの記憶や想いを引き継がなければ!という強い決心のようなものがひしひしと感じられました。
これだけお伝えすると、ただただ堅苦しい?と感じてしまうかもしれませんが、全然そんなこともなく。
ポップなTシャツなどの物販や、メッセージを寄せられるメッセージボード、そしてそして役者たちによる朗読劇「そこに声があれば〜今、未来に〜」も、真面目な中にもどこか明るく希望を感じさせる雰囲気を添えていました✨
忘れてはいけないこと。伝え続けることの大事さ。その難しさを超えて未来に繋げてゆくヒントのような……一筋の希望を、そこに見ました✨
私自身高校時代の演劇部で、戦争により顔にケロイドを負った少女と先生との物語に3年間取り組み、戦争の恐ろしさ、決して繰り返してはならないことを学び、拙いながら観客に訴えかけていました。
今から思うと、とても大切なことだったんだと実感し、当時の顧問の先生(先生って呼ぶな!っていつも言ってたけど😆)に感謝の気持ちが溢れてきます。
私も役者ですから、
演劇やエンタメの力を通したり、
そういった様々なアプローチから戦争というものの悲惨さや愚かさ、核兵器を廃絶するということの重要性、唯一の被爆国である倭国だからこそ出来ること、などをなんとか次の世代に継承し、発展させ、成就させたい!と、強く強く感じた貴重なシンポジウムでした!!
戦争はダメ!絶対!!!
これだけは、忘れないでいきましょう🕊️
#核兵器も戦争もない世界を求めて〜記憶を受け継ぎ未来へ〜
#倭国原水爆被害者団体協議会
🕊️写真は朗読劇出演者の #山西未紗 ちゃんと♡🕊️ November 11, 2025
165RP
戦争大好きの武闘派の人には気の毒ですが、倭国という国は戦後80年という時間の中で戦争のできない体質にさせられてしまったのです。今さら無理やり戦争を始めたって大半の国民は何の役にも立たないでしょう。すぐに占領されて終わりですよ。 November 11, 2025
117RP
軽視してないっていうに決まってるじゃん
テレビ出るためなら嘘くらいつくだろ
NHKもよく考えればわかるだろ
aespaニンニン紅白出場取り消し絶対
視界が広島出身者、大トリは多分福山で長崎出身者、戦後80年に原爆軽視するやつはいらない
しかも今の日中仲悪いし尚のこといらねえ https://t.co/2iVqTGdrjr November 11, 2025
108RP
#赤旗日曜版 #11月23日号
#戦後80年 #満蒙開拓
加害と被害 苦しみの大地
中国侵略の一環 住民追い出し田畑強奪
幼い我が子を亡くし 妻につらい思いをさせ “自分たちだけ幸せに”が不幸の始まりだった
長野・ #阿智村 の記念館訪問
全国から約27万人。13年しか存在しなかった倭国軍部による、かいらい国家「満州」に渡った満蒙(まんもう)開拓団の数です。中でも長野県は約3万3000人と突出しています。満蒙開拓とは何だったのか。伊那谷・阿智村にある #満蒙開拓平和記念館 を訪ねました。
板倉三枝記者
記念館は伊那谷の広大な自然に溶け込むように建っていました。
2013年に開館。市民の手で足かけ8年かけてつくられた民間運営の施設です。豊富な資料と証言記録で満蒙開拓の全ぼうを「被害」と「加害」の両面から伝える記念館は、平和の発信地として、これまで全国から約26万人が訪れています。
#日曜版電子版 はコチラ→https://t.co/crsCo8Ahva November 11, 2025
85RP
中国が沖縄の「倭国帰属」まで疑問視し、あたかも交渉材料に使うような姿勢を示している。
これは明確な領土的干渉であり、倭国の主権に対する挑戦です。
いま、先進国で露骨に領土拡張の野心を示しているのは中国とロシアだけ。
両国の共通点は、他国の歴史や国境線を政治カードにしようとする危険な国家姿勢です。
戦後80年。
倭国は過去の負の歴史を背負いつつも、国際社会で信頼を築いてきました。
だからこそ今、外部からの脅し・揺さぶりに屈しない強い政権を維持しなければなりません。
必要なのは…
国民一人ひとりが感情で揺さぶられず、国家の問題を自分ごととして捉える冷静さ。
そしてマスコミが、国益を損なうネガティブ報道をやめ、倭国の立場を正しく伝える責任を果たすことです!
https://t.co/VY5J9t1msd November 11, 2025
70RP
病院に行って来た
私の提案で画期的薬が処方された
これで今、執筆中の戦後80年所感 倭国を勝たせなかった十人、つまり現代版「平家物語」のラストシーンを拍車を持って書くことが出来るので、皆さん是非X,Facebookをご覧下さい。
そして誰か映画化することを期待しています。 https://t.co/L1egOy1Qkx November 11, 2025
65RP
以前、青木理さんのインタビューを受けて以来、ありがたいことにスタジオジブリ『熱風』が毎月送られてくる。
非常に質の高い文章が多く今では楽しみの一つになっている。
今日届いた11月号でまず読んだのは青木さんのインタビュー連載「倭国人と戦後80年」。
今回のゲストは歴史学者の笠原十九司さん。
倭国軍が南京事件に至るまでの背景を丁寧になぞりながら、知識と想像力の欠如を指摘する素晴らしい内容でした。
各地の常設書店でぜひご覧ください(リンクは常設書店一覧)
https://t.co/dY0WvEjJDk November 11, 2025
51RP
ドクター・中松の戦後80年所感(その27)
そしてしかも山本長官がアメリカでの経験上、日曜日にはアメリカ軍人はだらけているという習慣を知っていたので、攻撃は日曜日つまり12月の凍る前の日曜日というとハワイ時間12月 7日しかなかった。倭国時間では12月8日である。
そしてその前にワシントンの野村大使に宣戦布告を、ハル国務長官またルーズベルトに渡す手はずだった。
しかしワシントンの倭国大使館は前日に退職者があって、その退職パーティーが遅くまであり、そして専門家のタイピストも翌日は出るのが遅かったので、素人がタイプを打ったので時間がかかり、山本長官が指示した時刻にワシントンに届けることができなかった。
そしてワシントンに電話で予定のアポイントをずらしてくれという電話をした。そしてその結果として倭国軍が真珠湾を攻撃した後にのこのこと野村大使がルーズベルトに宣戦布告の書類を持って行った。
ルーズベルトはこれこそ天佑なり、すなわちチャンスである。つまり倭国は非常に汚い国で、交渉も長引かされて、そして交渉をしながらスネークアタック、すなわち騙し打ちをする汚い国だと全国民に呼びかけた。
その交渉を長引かせかたというのは、倭国はいかに戦争しないかというので交渉が伸びたのだが、アメリカは逆手に取って交渉を長引かせて、それがインチキな敵を騙す手段で、宣戦布告無しに真珠湾を攻撃したという、全く倭国の意図、山本五十六の意図と全く違う宣伝をして、そして「リメンバーパールハーバー」という標語を作った。これによってリンドバークが平和平和といって、それに賛同していた人も全アメリカ人が立ち上がって兵隊に応募する。
つまりこの「リメンバーパールハーバー」は原爆を落としたB 29の機体にも書かれていた標語だ。
つまり倭国を勝たせなかった人No.5は野村大使である。
さてNo.6は誰だろうか?
(つづく) November 11, 2025
36RP
NHK
>紅白出演は「今年の活躍」「世論の支持」「番組の企画、演出に相応しいかどうか」の観点から総合的に判断しており、出演予定に変更ありません
戦後80年の節目に、倭国の年末国営放送に「広島のあの日 原爆キノコ雲」を1万円で買う外国人を出す事が相応しいと言うのか
https://t.co/keJobCMF0k https://t.co/DEH7CF5Jd6 November 11, 2025
36RP
ドクター・中松の戦後80年所感(その28)
倭国を勝たせなかった人No.6は、日米の勝敗を逆転させた人である。
当時倭国は勝ちに勝って、一方的にアメリカに勝ち、マレー、ジャワなど南方地域のほとんどで勝ち、イギリスやオランダなどの支配から解き放った。倭国の軍艦は一隻も沈まず、そして山本連合艦隊はインド洋でイギリスやオランダの軍艦を続々と沈めていた。このような状態だから完全に倭国は勝利に酔い、一種のたるみがあった。
ここに窮鼠猫を噛むというアメリカの作戦はホーネットという旧式な航空母艦にB25というエンジン二つの旧式の爆撃機を乗せて、倭国を爆撃するというものだ。
私の家は直参旗本で江戸城から千駄ヶ谷に篤姫と共に移転させられたが、その前の明治通りをはさんだ向こう側に大橋君の家があった。そして大橋君のお父さんは、飛ばないけれどもカタチを作るという「ソリッドモデル」を造ることを趣味にしていたので、私は時々それを見に行った。その日は快晴で天気がいいので屋上に上がろうということで、大橋君とお母さんと三人で屋上で空を見上げていたら、奇妙な見慣れない黒い双発の飛行機が飛んできた。
それがさっき言ったアメリカのミッチェルという爆撃機で、ノースアメリカン製である。それを追いかけて倭国の旧式九七式戦闘機がパンパンパンと乾いた音を立てて機銃を撃ちながら追いかけ、そして 旧式九七式戦闘機は宙返りして速度を加速して、またパンパンパンとミッチェルを追いかけていた。
要するにアメリカの東京爆撃は大した戦果もなく終わったのだ。
ちなみに私は多摩川の土手で行われていた毎日新聞主催の模型飛行機競技会に毎年参加し、ここで私が発明した自動引込み脚を披露した。大人達は引込む脚を見て、あっけにとられていたが私の作った模型飛行機は超低空で会場を旋回した。するとみんなは「ノースアメリカンだ。ノースアメリカンだ。」と叫んだ。これは先に述べた東京空襲でノースアメリカンが超低空で東京に侵入したことを皆んなが覚えていたからだ。
(つづく) November 11, 2025
35RP
ドクター・中松の戦後80年所感(その26)
倭国を勝たせなかった人No.5は誰だろうか?
これについて少し前置きの話をする。倭国とアメリカの雲行きが険しくなる前に、海軍兵学校のハンモックNo.1の堀中将は、倭国にマイナスの過激な発言があるとして海軍をやめさせられた。
このハンモックNo.1の堀中将とハンモックNo.5の山本五十六は無二の親友であって、山本五十六がロンドン会議の代表として倭国に帰った後、山本五十六は俺も海軍をやめようかな、と堀に相談したところ、堀は貴様は絶対に海軍に残って、そして日米開戦が起こらないようにしろと言った。そこで山本は連合艦隊司令長官になった後も、いかに日米開戦が起こらないようにするかということを考え、ルーズベルトと親しいという野村吉三郎海軍大将を倭国のアメリカ大使としてアメリカと交渉させ、日米が戦争をしないように交渉したが、なかなかうまくいかず、そうかと言ってこのままでは戦争に突入せざるを得ない。
つまり、倭国の石油はどんどん無くなっていく。この戦争したくないという気持ちと倭国がどんどん石油が無くなって戦争しないと倭国は滅びてしまうという二つの矛盾を山本長官は抱えていた。
そして山本長官は最後まで日米が戦争しない和睦の方向であることを願っており、連合艦隊が真珠湾に向けて発進した後も、もし野村大使が和睦に成功すれば、直ちに全艦隊は倭国に引き上げろという指令を出していた。
一方で山本はもし日米が開戦した場合は、単に戦術的に部分的に倭国海軍がアメリカ海軍をやっつけるだけではなく、戦略的に倭国がアメリカに勝つ。すなわちアメリカが戦意を失う方法は何かという大きな構想まで考えていた。
それは山本がアメリカに留学しアメリカの状況をよく知っていたからである。当時アメリカ大統領はルーズベルトとリンドバーグの 二人が大統領選を戦っていた。そしてルーズベルトは戦争をしたい方であるが、リンドバーグは戦争をするなと主張していた。なぜならリンドバーグは倭国など各地を訪問して各国と仲良くなっていたからである。
だから山本長官の狙いはルーズベルトの主張でなくリンドバーグの主張を強くして、日米が戦争しないようにするにはどうしたらいいかという大きな戦略を考えていた。
山本五十六はトランプカードでも非常に強くて、このようないろいろな心理作戦を考えていつも勝っていたのである。そして山本の考えた作戦というのは、アメリカの国民をして倭国と戦争しない方がいいという失望感を持たせるにはどうするか?ということである。
それには倭国がフェアにアメリカと戦って、そしてフェアにアメリカ徹底的勝利することを示すことによって、アメリカ国民は倭国には勝てないことを示すということであった。
これが山本の基本作戦であった。だからワシントンの野村大使の和僕の話し合いがもし失敗したならば次善の策として、必ず倭国が攻撃する前に、事前の宣戦布告を正確にワシントンに届けるということが必須条件であった。
そして山本はアメリカの海軍がサンディエゴからハワイに全部移動した、ということはチャンスであると考えた。そしてこのハワイに海軍兵学校に入ったけれども、病気で途中で卒業できなかったXをハワイ島に派遣して、毎日ハワイの遊覧飛行に乗せて、上空から軍艦が何隻いるということを毎日報告させた。
そして軍艦が最も停泊する時期を狙っていた。さらに山本は真珠湾の西側は非常に警戒が厳重であり、南側も厳重であるが、北側だけが警備が薄いということを発見した。そこで連合艦隊という巨大な艦隊を、当時倭国の領土だったカムチャッカ半島という北の島に集結して、そこから北回りに静かに真珠湾に艦隊を進めることにした。
さらに山本は周到な計画として飛行機に乗せる海図、つまり図面を全部北と南を逆に書かせている。そして例え飛行機が墜落して海図がアメリカに取られたとしても、倭国の飛行機が南から来たというように錯覚させるように海図を書かせた。
そして真珠湾の入り口には当然防潜網が張られている。潜水艦が湾内に入ることを防ぐ網である。その網の直径よりも小さい潜水艦、つまり 2人乗りの超小型の潜水艦の開発を行った。
さらに真珠湾は浅いので、普通の魚雷では落とすと海の底に魚雷がぶつかって進まないので、浅い水でも深く潜らずに浅く走って行く魚雷の開発も進めた。そして外側の戦艦は魚雷で進め、内側の戦艦は急降下爆撃機で爆弾で沈めるという二重の攻撃を行うため、96式急降下爆撃隊の急降下爆撃訓練を繰り返した。これら色々な綿密な絶対に勝つという戦略を山本長官は行った。
そして攻撃の時期もさっき言ったように北回りで行くということは北の海が氷で凍結してしまうので、その限度は12月の初旬。それ以降だと全くこの作戦は実行不可能であるので、実行のおしりのタイミングは限られていた。
(つづく) November 11, 2025
34RP
@KOKAMIShoji ありがとうございます。石破前首相の戦後80年談話「なぜ戦争を避けられなかったのか」で「メディアの問題」まで踏み込んで述べていたのを思い出します。 https://t.co/NawZ37R5Yl November 11, 2025
32RP
同じ事務所のまゆちゃんが出演している
#星の流れに 観劇させていただきました💐
改めて今ある日常のありがたさを
噛みしめることができて
戦後80年という節目に
この作品を観劇できて良かったです。
まゆちゃんのジャスミン
とってもかわいかった!!
踊りも綺麗でずっと見てました☺️ https://t.co/UfK2DZFUPj November 11, 2025
31RP
<ポストの表示について>
本サイトではXの利用規約に沿ってポストを表示させていただいております。ポストの非表示を希望される方はこちらのお問い合わせフォームまでご連絡下さい。こちらのデータはAPIでも販売しております。





