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ケニア
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2025.12.01 07:00
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英国の植民地支配は単なる統治ではなく、反抗する民衆や独立運動に対し、軍事・経済・社会的手段を駆使した弾圧を伴った。大量虐殺、飢餓誘発、拷問、強制収容など、多様な形で犠牲が出た。代表例を時系列で紹介する。
#英国 #植民地主義 #歴史
■1769–1773年 ベンガル飢饉(インド)
東インド会社が米の輸出を優先し、現地の徴税は容赦なし。救援はほぼ行われず、飢餓が深刻化。推定死者は約1,000万〜1,500万人。
■1857年 インド大反乱(セポイの反乱)
反乱鎮圧のため英軍は都市ごと砲撃、村を焼き討ち。捕虜や民間人を大量処刑。犠牲者数は数十万〜200万人に及ぶとされる。
■1899–1902年 ボーア戦争(南アフリカ)
民間人を抑えるために強制収容所を設置。飢餓と疫病で26,000人以上が死亡。死者の多くは女性・子供。
■1916年 アイルランド・イースター蜂起:約500人死亡(市民・反乱軍含む)
■1919年 アムリトサル虐殺(インド)
平和的集会に英軍が無差別発砲。公式発表は379人死亡だが、民間推計では1,000〜2,000人。逃げ場のない庭園に閉じ込められた市民も多い。
■1920年 インド・ゴダール虐殺など:数百〜千人規模死亡
■1948–1960年 マラヤ緊急事態
共産ゲリラ鎮圧の名目で焼き払い・強制収容・拷問が行われ、数万人規模の民間人が犠牲に。
■1952–1960年 ケニア・マウマウ蜂起
独立運動弾圧として拷問・収容所・集団処刑が横行。推定犠牲者は1万〜3万人に上る。性的暴行も多数報告されている。
まとめ:英国の植民地支配では、直接的な武力行使だけでなく、経済政策や社会統制を通じて間接的に大量の犠牲を生むことが多かった。世界各地で同様の手段が繰り返され、犠牲規模は数万人〜数千万人規模にのぼる。 December 12, 2025
今朝は久しぶりの香茶屋さんのケニア🇰🇪ニエリ、カリンドゥンドゥ☕️
私は在ケニア時代、2005年にニエリに行ったことがあるけど、あの街でこんなにおいしいコーヒーが飲めるとは知らずに、コーラばっかり飲んでいたなぁ🥤😆 December 12, 2025
ハイチ🇭🇹って国、ギャングゲーム並みにすごいな…
・首都の9割がギャング支配(無政府地帯)
・残りの約1割も地球の裏側の国ケニア🇰🇪の支配下
・ハイチの首相がハイチから追い出される
・ギャングのボスは元警官
カリブ海の島国をギャングが牛耳り、そこにアフリカの国が君臨。脚本家誰よ。 December 12, 2025
引用との関連で、用語による理解の歪みも多分にあり、文脈や背景を知らなければ的外れな批判や受容になりかねません。自分の関心で言えば、20世紀末以降の現生人類多地域進化説(のミシガン学派)ではケニアの195万年前頃の化石(KNM-ER 3228)は初期Homo sapiensとされ、驚く人も多いでしょう。 https://t.co/sHWmDz8TFT December 12, 2025
ケニアのジムニー愛好家集会に参加。
小さくてかわいいけど悪路走破性抜群でサファリにも乗り込んで行けるクルマ、子どもの頃から憧れていたクルマ。
ジムニーオーナーたちのカスタム自慢も面白かった。 https://t.co/YZwI7oh42D December 12, 2025
🇱🇷リベリア出張、最終日!
最高の出会いに恵まれ、心から感謝✨
ジャパンクオリティへの信頼の厚さに胸が熱くなりました🥹
ランドリーオープンに向けた情熱とエネルギーもひしひしと感じ、こちらまで元気をもらいました!
ありがとう、リベリア!
頑張るぞ💪
明日の便でケニアに向かいます🇰🇪 https://t.co/6KrPAwwVHF December 12, 2025
友だちが来年の8月までケニアに滞在するというので、「地球の歩き方」を買って、ボクもケニアについて勉強します。その友だちはそういうわけで来年のフジロックは参加できませんが、再来年は大丈夫そうなので、再会が楽しみです! https://t.co/Ed2ZAbqVfN December 12, 2025
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