雑草魂 トレンド
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2025.12.02 19:00
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私が倭国語でタイ競馬を発信していた当初の理由は、「廃れゆくものを記録するため」に倭国語という優秀な媒体をお借りしていたからです。しかし今はもう違います。私は本気で「この先」の話がしたい。タイ競馬の未来を見たい。タイの馬の、ホースマン達の夢を繋ぎたい。
我々タイ競馬陣営は、130年という大きな遠回りをしてきました。革命、戦火、疫病、すべてのものが我々の歩みを阻みました。しかし、その中でも私が最も大きな壁だと感じているのは、我々自身の「臆病さ」です。
タイと倭国、同じ年にダービーを始めた二つの国の競馬。どこで差がついたのか。
世界にいくら叩きのめされても挑戦し続け、ついには世界に認められた倭国競馬と、「世界に見られる」という重圧を避け続けてきたタイ競馬。まさに「挑戦する勇気」の分かれ道で道を違えたと言ってよいでしょう。
しかし、今一度、私は伝えたい。タイ人に。倭国人に。皆様に。
タイのホースマン魂というものを。
我々は大輪の花を咲かせられなかった。
日の本菊の下で、大きな花を咲かせることはできなかった。
しかし我々は、雑草のようにあらゆる苦難を耐え忍び、今日まで生き残りました。
そもそもタイという国で競馬が生まれたこと自体が奇跡だった。その奇跡は、誰に踏まれようと、引き抜かれようと、強く根を張り耐え抜いてきたのです。
2020年、人の過ちによって馬の伝染病が蔓延しました。馬を殺したのが人であるのなら、馬を生かしたのもまた人です。コロナ、伝染病、ダービー中止、中央競馬場の廃止。どれを取っても致命傷であったはずのタイ競馬が続いてこられたのは、「タイに馬が残った」からに他なりません。
9割の馬が死にました。
しかし、残りの1割を生かした人がいた。
この事実にこそ、タイ競馬が繋いできたすべてが詰まっています。
生き残った馬たちの中には、「最後のタイダービー」で芦毛の牝馬が逃げ切ったあの夢を見せてくれた馬、その息子もいました。彼が王室杯を勝ったとき、過去と今の競馬が確かに繋がったのです。
我々はしぶとい。我々はあきらめが悪い。
我々が雑草であるならば、世界一強い雑草でなければならない。
だからこそ倭国の皆様、どうか我々の雑草魂、否、ホースマン魂の「この先」を応援してください。
タイは殻に閉じこもって生き残りました。しかし、我々にはその殻を破る勇気がなかった。
皆様の応援が、外からの視線が、我々にその勇気を与えてくれます。
私達を応援しても皆様に得はありません。返せるものもありません。
しかしもし、我々の競馬が「未来」を語ることを許される日が来たなら、約束します。
皆様からいただいた夢を、「ジャパンカップ」でお返しします。
あなた方の杯に恥じない「タイ近代競馬の結晶」と共に。
その日まで、どうか温かい声援をお願いします。 December 12, 2025
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