1
isis
0post
2025.11.30 20:00
:0% :0% (-/-)
人気のポスト ※表示されているRP数は特定時点のものです
⚡️試合速報⚡️
大同生命SVリーグ
vs Astemoリヴァーレ茨城
📍ベイコム総合体育館
1️⃣23-25 ×
2️⃣24-26 ×
3️⃣25-18 ◯
4️⃣25-17 ◯
5️⃣15-13 ◯
最後まで応援ありがとうございました!
来週は福島デンソーエアリービーズさんと、福島県で対戦!
来週もよろしくお願いします!
#SVリーグ見るならJSPORTS
#THISISMARVELOUS
#大阪マーヴェラス
#Osakamarvelous
#バレーボール
#volleyball
#大同生命SVリーグ
#大阪市
#西宮市
#GAME2 November 11, 2025
3RP
昨日、新たにIsisを迎い入れたM氏邸を訪れた…
一月前までXRT26が鎮座していたスペースには、特徴的なその杢目がコンシューマーとしては倭国導入初号機であった個体だと控えめに主張するIsisが佇んでいた…
背景の窓には海を望む公園の街路樹である銀杏が綺麗に色付いており、美しい杢目のメイプルと銀杏の黄色が絵画のように重なっていた…
もうこの佇まいだけでIsisの響きの美しさと階調性がイメージ出来ようと云うもの…
ずっと独りでオーディオに取り組んできた私がここ数年、ある縁がきっかけで多数のオーディオファイルと知り合う機会に与り、そのリスニングルームを訪れる機会も増えてきたが、私がレコード演奏家として真っ先に思い浮かべるのがM氏である…
それは再生ソースがほぼアナログレコードに限定されているという単純な理由からくるものではなく、演目や盤に合わせた音量のみならず、トーンコントロールやイコライジングによって瞬時にその場で調整を加えながら演奏する姿、そして何より、品性を感じさせる穏やかな口ぶりの中にも音楽に対する崇高な情熱を感じるからである…
様式美ではない、魂の軌跡をイメージさせるようなレコード再生は、最早プレイバックではなく、レコード演奏そのものに他ならない…
そんなM氏が私と僅か半年違いで迎え入れたIsis、そして美しい均衡を感じさせるその佇まいに興奮を禁じ得なかった…
最初のワンノート、そして続く僅か1分の演奏で既にM氏のトーンに染まりつつある響きを感じた…
確かにmarantz7のトーンコントロールとXRTに付属していたイコライザーで調整され、更にBD30をスーパーツイーター的に繋げた眼前のIsisが奏でるサウンドに何処かスタティックなAvalonのイメージとはかけ離れたインプレッションを感じる方もいるだろう…
寧ろXRT26との相似性さえ感じるサウンドと云ってもいいかも知れない…
しかし、そう感じるのは多くの倭国のオーディオファイルがイメージしているAvalonとJRDGのサウンド基調が背景にあることも一因であろう…
ある意味での刷り込みが固定観念化した故に齎した差分でもあって、それが本当の基準点やリファレンスであると云える確証までには至らないはずだ…
そのサウンドを聴いて私がイメージしたのは、そうした差分ではなく、此れはM氏のインタープレイなのだと云うことだった…
インタープレイはテーマ〜アドリブ〜テーマと展開していくスタンダードジャズに於いて、アドリブ時に演奏家の即興的な相互作用が生み出すジャズの本質であり、クラシックが構成美であるなら、崩しの美学で貫かれた音楽がジャズだと云えるかも知れない…
M氏のレコード演奏には常にインタープレイがある…
それを支えるエクイップメントがXRTであろうがIsisであろうがその本質には影響なく、ここでのテーマはマッキンらしいとかAvalonらしいというものではなく、恐らく、M氏が表現したい音楽の態様が普遍的なテーマとして揺るぎないイメージとして形成されいるのだろう…
であるならば、オーディエンスである我々もテーマをXRTやIsisに置かず、M氏が表現したいもの、それは若き日のエルトン・ジョンの瑞々しい感性が溢れ出た声質であったり、カラヤンがオケとプラクティスを重ねる空間の熱気やリアリティ、そしてカラヤンがオケと一体化していく過程のマイルストーンのようなタクトとハミングの音…
そうした演奏の態様がテーマであるとするならば、marantz7のトーンコントロールやXRTのイコライザーも俄然必然性を帯びてくるように映る…
アドリブやインタープレイの無いレコード演奏やスタティックなリスニングはM氏の望むところではなく、即興演奏の余地を残したものがM氏のオーディオなのだろう…
そういうことに想いを巡らしながら聴いていたら、腑に落ちた気がした…
そして、ラインソースで片チャネル2タワーのXRT26よりも、スタティックで広帯域に振られたIsisの方が、画家にとってのそれのように、M氏にとってインタープレイの幅を広げるパレットになり得るのかも知れないと思い至った…
そう直感してM氏は大方の予想を超えてIsisを選択したのかも知れない…
そう云えば、彫刻的な造形に惹かれて聴きもせずに買ったということだった…
私が敬愛するキース・ジャレットは「自分の感性は信じないが神なるもの存在は信じる」と曾て語ったが、感性を鈍らせないためには同じトーンに慣れ過ぎないこと、そしてルーティン化せずに常に自らの行為や感覚を疑うことも大切だと感じる…
そういう研鑽やインタープレイの先に神が僅かに微笑む瞬間が訪れるかも知れない…
そんな感覚を以て画家がパレットを変えるようにM氏はXRTを換えたのだろうと想像する…
M氏のインタープレイによってIsisが解放されて歌い出し、神が微笑む瞬間が軈て訪れるだろう…
そう想像させてくれるM氏色の響きだった… November 11, 2025
2RP
昨日、新たにIsisを迎い入れたM氏邸を訪れた…
一月前までXRT26が鎮座していたスペースには、特徴的なその杢目がコンシューマーとしては倭国導入初号機であった個体だと控えめに主張するIsisが佇んでいた…
背景の窓には海を望む公園の街路樹である銀杏が綺麗に色付いており、美しい杢目のメイプルと銀杏の黄色が絵画のように重なっていた…
もうこの佇まいだけでIsisの響きの美しさと階調性がイメージ出来ようと云うもの…
ずっと独りでオーディオに取り組んできた私がここ数年、ある縁がきっかけで多数のオーディオファイルと知り合う機会に与り、そのリスニングルームを訪れる機会も増えてきたが、私がレコード演奏家として真っ先に思い浮かべるのがM氏である…
それは再生ソースがほぼアナログレコードに限定されているという単純な理由からくるものではなく、演目や盤に合わせた音量のみならず、トーンコントロールやイコライジングによって瞬時にその場で調整を加えながら演奏する姿、そして何より、品性を感じさせる穏やかな口ぶりの中にも音楽に対する崇高な情熱を感じるからである…
様式美ではない、魂の軌跡をイメージさせるようなレコード再生は、最早プレイバックではなく、レコード演奏そのものに他ならない…
そんなM氏が私と僅か半年違いで迎え入れたIsis、そして美しい均衡を感じさせるその佇まいに興奮を禁じ得なかった…
最初のワンノート、そして続く僅か1分の演奏で既にM氏のトーンに染まりつつある響きを感じた…
確かにmarantz7のトーンコントロールとXRTに付属していたイコライザーで調整され、更にBD30をスーパーツイーター的に繋げた眼前のIsisが奏でるサウンドに何処かスタティックなAvalonのイメージとはかけ離れたインプレッションを感じる方もいるだろう…
寧ろXRT26との相似性さえ感じるサウンドと云ってもいいかも知れない…
しかし、そう感じるのは多くの倭国のオーディオファイルがイメージしているAvalonとJRDGのサウンド基調が背景にあることも一因であろう…
ある意味での刷り込みが固定観念化した故に齎した差分でもあって、それが本当の基準点やリファレンスであると云える確証はまでには至らないはずだ…
そのサウンドを聴いて私がイメージしたのは、そうした差分ではなく、此れはM氏のインタープレイなのだと云うことだった…
インタープレイはテーマ〜アドリブ〜テーマと展開していくスタンダードジャズに於いて、アドリブ時に演奏家の即興的な相互作用が生み出すジャズの本質であり、クラシックが構成美であるなら、崩しの美学で貫かれた音楽がジャズだと云えるかも知れない…
M氏のレコード演奏には常にインタープレイがある…
それを支えるエクイップメントがXRTであろうがIsisであろうがその本質には影響なく、ここでのテーマはマッキンらしいとかAvalonらしいというものではなく、恐らく、M氏が表現したい音楽の態様が普遍的なテーマとして揺るぎないイメージとして形成されいるのだろう…
であるならば、オーディエンスである我々もテーマをXRTやIsisに置かず、M氏が表現したいもの、それは若き日のエルトン・ジョンの瑞々しい感性が溢れ出た声質であったり、カラヤンがオケとプラクティスを重ねる空間の熱気やリアリティ、そしてカラヤンがオケと一体化していく過程のマイルストーンのようなタクトとハミングの音…
そうした演奏の態様がテーマであるとするならば、marantz7のトーンコントロールやXRTのイコライザーも俄然必然性を帯びてくるように映る…
アドリブやインタープレイの無いレコード演奏やスタティックなリスニングはM氏の望むところではなく、即興演奏の余地を残したものがM氏のオーディオなのだろう…
そういうことに想いを巡らしながら聴いていたら、腑に落ちた気がした…
そして、ラインソースで片チャネル2タワーのXRT26よりも、スタティックで広帯域に振られたIsisの方が、画家にとってのそれのように、M氏にとってインタープレイの幅を広げるパレットになり得るのかも知れないと思い至った…
そう直感してM氏は大方の予想を超えてIsisを選択したのかも知れない…
そう云えば、彫刻的な造形に惹かれて聴きもせずに買ったということだった…
私が敬愛するキース・ジャレットは「自分の感性は信じないが神なるもの存在は信じる」と曾て語ったが、感性を鈍らせないためには同じトーンに慣れ過ぎないこと、そしてルーティン化せずに常に自らの行為や感覚を疑うことも大切だと感じる…
そういう研鑽やインタープレイの先に神が僅かに微笑む瞬間が訪れるかも知れない…
そんな感覚を以て画家がパレットを変えるようにM氏はXRTを換えたのだろうと想像する…
M氏のインタープレイによってIsisが解放されて歌い出し、神が微笑む瞬間が軈て訪れるだろう…
そう想像させてくれるM氏色の響きだった… November 11, 2025
<ポストの表示について>
本サイトではXの利用規約に沿ってポストを表示させていただいております。ポストの非表示を希望される方はこちらのお問い合わせフォームまでご連絡下さい。こちらのデータはAPIでも販売しております。



