釈迦 トレンド
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2025.12.01
:0% :0% (40代/男性)
釈迦に関するポスト数は前日に比べ5%減少しました。女性の比率は6%増加し、本日も40代男性の皆さんからのポストが最も多いです。本日話題になっているキーワードは「時代」です。
人気のポスト ※表示されているRP数は特定時点のものです
こういう話が出ると、印刷書籍の素晴らしさを説く人が、必ず出てきますが。
本好きが昂じて編集者になった人間や、オタペン社長のように出版社を立ち上げた人間には、釈迦に説法です。
語られているのは、経済や流通などの話であって。
情緒の話ではありません。
赤字では本は出せないし、出版社が潰れたら続編さえ出ないという、シビアな現実の話をしているのですが。
電子書籍を過度に憎む人には、通用しません。
書店がどんどんなくなり、書店のない地方自治体が2024年3月時点で27.7%、482自治体の時代、文学フリマは大都市の文化で、地方では成立しづらく。
僻地でも離島でも、東京と同じ日に新刊が入手できる電子書籍は、書籍文化に取り残されがちな非都市圏の味方。
たぶん、デジタル化の普及が逆に、PODによる印刷書籍の存続にも繋がると、考えられます。 December 12, 2025
88RP
◆◇◆アニメ『 #終末のワルキューレ 』 ◆◇◆
<第1,2弾デジタルコンテンツ配布中>
配布中のキャラクターからピックアップで紹介👀✨
今回は
/
天上天下唯我独尊
釈迦
\
色々なところで是非ご使用ください🎁
https://t.co/1UIIg2qdRh https://t.co/vi0L22Yl3Q December 12, 2025
86RP
令和7年霜月11月の晦日参り
令和7年11月30日、日曜日、
静岡県函南町
曹洞宗 「渓月山長光寺」さまに本年長月9月以来の参拝のご縁を頂きました💞🙏🏻
方丈さま並びに寺女さまの直書き御朱印拝受🙏🏻
今回の悩みを話し、聴いてくれて嬉しかった😢
本尊:釈迦牟尼如来
慶長年間に開創された四百年連綿と法灯を単伝した丹那盆地東側の古刹。
境内のイチョウ🍂が落葉しており、独特のあの匂い☺️
季節感を非常に堪能出来ました👏
なお、小春日和☀️の温暖な陽気でしたが、
修行猫 雲猫(うんにゃん)🐱さまは境内に居られず、
来年令和8年 2026年の雲猫 🐱さまカレンダーにて癒されます💖
また逢いに行きます🥰
霜月は色々「大変」なことがあったが…〆に佳き参拝が出来て感謝🙇♂️
「大変」は大きく変われる証だし、師走12月以降への戒めとして引き続き精進の日々ですm(_ _)m
ありがとうございます。
#神社仏閣好きな人と繋がりたい #御朱印 #御首題 December 12, 2025
10RP
@scshKWGQiixEWgD 少し長くなるのでご容赦を
文科省が出す通達や報告書などは「行間を読む」必要があるのは釈迦に説法だと思いますが、前置きとして
ですから、すべてについて明確に言っているのではなく、文脈を判断すると「こうしろ」と言っている要素もあるのはご容赦を。
続きます December 12, 2025
9RP
光世先生🦊神様⛩️仏様🛕
第1回曼荼羅釈迦講座受講させていただき
ありがとうございました🙏
エネルギーを感じるワークがありましたが
体があったかくなったり、涙が溢れたり、体の中に光のボールが入った感覚も感じました。
自分でも感じたことにびっくりしました。 https://t.co/qwuHNw3hKn December 12, 2025
5RP
ほんま、餅は餅屋。釈迦に説法。
やり方批判ほど、アホ丸出しで過去からの反ヘイトに無知無教養な周回遅れなものはない。
時彦も自分へは返信せずに誤魔化したままだが、例えば亡くなった泥さんのことに関しても歴史改竄して悪利用してましたのでね。
まぁ、こっちはその遊びを赦しませんから。 https://t.co/D8Acaw4f1P December 12, 2025
4RP
永遠の仏・久遠実成の釈尊と日蓮の久遠仏思想における意義
鎌倉時代における日蓮(1222–1282)の思想形成において中心的役割を果たした「久遠実成の釈尊」概念を、妙法蓮華経(以下、法華経)解釈と宗教実践の双方の視点から検討してみましょう。とりわけ法華経如来寿量品第十六に説かれる久遠仏思想が、日蓮においてどのように現実的救済の枠組みとして再解釈され、文字曼荼羅の御本尊への専修題目を通じて具現化されたのかを確認したいと思います。
1 日蓮と久遠仏思想
日蓮は、倭国中世における法華経信仰の最も急進的・実践的な担い手の一人です。彼は法華経を唯一絶対の正法にして最第一の経典(※1)、かつ教主釈尊出世の本懐と位置付け(※2)、その中心思想として「久遠実成の釈尊」(以下、久遠仏)を信仰の根幹に据えます(※3)。久遠仏思想は単なる形而上学的存在論ではなく、日蓮の仏教観・社会観・権力観の根幹にして(※4)、熱烈な法華勧奨と妙法弘通、それによる迫害(日蓮的には法難)を乗り越える精神的支柱でした。
2 久遠実成の釈尊の教義的背景
「久遠実成」とは、法華経「如来寿量品第十六」において説示される、釈迦が歴史的存在を超えて久遠の昔にすでに成仏していたという教義です。ここで描かれる釈迦は、インド史上のガウタマ・シッダールタとしてのブッタ(目覚めた人)ではなく、衆生済度のために経典世界に現れた永遠の仏にして根本仏としての存在です。 この思想は、初期仏教の釈迦観を大きく超えるものであり、大乗仏教における仏身論の発展、特に三身説における法身(ほっしん・永遠不滅の真理そのもので仏の根本的な実体)、報身(ほうじん・悟りを開いた仏がその功徳によって得た姿、衆生を救済する働きを持つ)、応身(おうじん・衆生を救うために様々な姿で現れる仏)の解釈とも密接に関わるようになります。
3 日蓮における久遠仏信仰の意義付け
日蓮は自身を「法華経の行者」と称し(※5)、久遠仏の「使者」として法華経と肝心たる南無妙法蓮華経を弘通する使命を自覚し(※6)、その実践に身命を捧げました。彼にとって久遠仏は、歴史的に遠い過去に成仏しただけの存在ではなく、現今も衆生と共に在り説法教化を続ける現実的な仏(※7)であり、三界の国主(※8)でもあったのです。
日蓮は「曽谷入道殿許御書」(文永12年[1275]3月10日)で、「大覚世尊、仏眼をもって末法を鑑知(かんち)し、この逆・謗の二罪を対治せしめんがために、一大秘法を留め置きたもう。・・・中略・・・その時に、下方の大地より未見今見の四大菩薩を召し出だしたもう。いわゆる上行菩薩・無辺行菩薩・浄行菩薩・安立行菩薩なり。この大菩薩、各々六万恒河沙の眷属を具足す。形貌・威儀、言をもって宣べ難く、心をもって量るべからず。・・・中略・・・その時に、大覚世尊、寿量品を演説し、しかして後に十神力を示現して、四大菩薩に付嘱したもう。その所嘱の法は何物ぞや。法華経の中にも、広を捨てて略を取り、略を捨てて要を取る。いわゆる、妙法蓮華経の五字、名・体・宗・用・教の五重玄なり」と記述しています。
ここから「四大菩薩(上行菩薩)たる日蓮が久遠仏より付属を受けた一大秘法・南無妙法蓮華経である」ことが理解できます。さらには自己が初めて図顕した文字曼荼羅の御本尊も、「今この御本尊は、教主釈尊、五百塵点劫より心中におさめさせ給いて」(新尼御前御返事 文永12年[1275]2月16日)、「日蓮図顕の大本尊は久遠仏から付属された大本尊であり上行菩薩日蓮が弘宣するのである」(万年救護本尊讃文・趣意 文永11年[1274]12月図顕)と意義付けています。
このような日蓮の宗教的達観の真髄ともいえる教示は、一般的には日蓮が創出したように理解されている南無妙法蓮華経の題目と文字曼荼羅の御本尊が、実は「久遠仏の胸中から日蓮へと付属された南無妙法蓮華経の題目と御本尊である」「南無妙法蓮華経の題目と御本尊は久遠仏の胸中を源流とする」という理解を促します。
これら日蓮の教説を勘案すると「日蓮法華の信仰」とは、題目を唱える信仰者をして久遠仏へと直参させる「久遠仏直参信仰」であったといえるでしょう。日蓮一代教説の真意は「久遠仏直参信仰の確立」にして、久遠仏の使いとして上行菩薩の使命を全うした日蓮は「久遠仏直参信仰の導師」だったといえるのではないでしょうか。
「観心本尊抄」(文永10年[1273]4月25日)では、「釈尊(久遠仏)、南無妙法蓮華経、日蓮、信仰者の関係」が明示されています。
釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す、我らこの五字を受持すれば、自然に彼の因果の功徳を譲り与えたもう。四大声聞の領解に云わく「無上の宝珠は、求めざるに自ずから得たり」云々。我らが己心の声聞界なり。「我がごとく等しくして異なることなからしめん。我が昔の願いしところのごときは、今、すでに満足しぬ。一切衆生を化して、皆仏道に入らしむ」。妙覚の釈尊は我らが血肉なり。因果の功徳は骨髄にあらずや。
日蓮は「釈尊(久遠仏)の因行と果徳の二法が妙法蓮華経の五字に具足されている」と教示し、ここにおいて「南無妙法蓮華経即釈尊(久遠仏)・釈尊(久遠仏)即南無妙法蓮華経」が明かされ(※9)、さらに「妙覚の釈尊は我らが血肉なり。因果の功徳は骨髄にあらずや」により、「釈尊(久遠仏)・南無妙法蓮華経・日蓮・信仰者は一体にして不二の境地に至る」という教理が成り立ったといえるのではないでしょうか。これら日蓮の思考と記述は、「日蓮法華信仰における成仏の実相」を明かしたともいえるでしょう。
このように日蓮は、文字曼荼羅の御本尊へ南無妙法蓮華経を唱えることは万人が釈尊(久遠仏)と直接結縁する行為であると意義付けましたが、それは同時に「一切衆生皆成仏道」(すべての生きとし生けるものが、必ず仏の道[仏になる道]を成就する)を理想ではなく現実に可能とする因を説き、創る作業でもありました。
日蓮教説の法華経・題目信仰は、従来のひたすら救済を願うおすがり信仰や、単なる観念的信仰を超え、信仰者個々人が主役として自発的・能動的に法華経信仰を実践することにより成仏が可能というものであり、「久遠仏による救済の新しい、かつ真に現実化する方法論」であったといえるのではないでしょうか。
4 文字曼荼羅の御本尊の宗教的意義
日蓮が顕した文字曼荼羅の御本尊は、南無妙法蓮華経即釈尊(久遠仏)を中心に、法華経に登場する諸仏・諸菩薩・諸天善神が配列されています。これは久遠仏直参信仰の視覚的・象徴的具現であり、信仰者は御本尊を礼拝し題目を唱えることで、南無妙法蓮華経即釈尊(久遠仏)の功徳に浴するとされました(前記「観心本尊抄」等)。
「曼荼羅」という用語とその起源は密教由来といえますが、密教の両界曼荼羅などとは違い、日蓮の場合は中央に文字として南無妙法蓮華経の題目を大きく据えており、南無妙法蓮華経即釈尊(久遠仏)という存在とその力を題目の大書により視覚的、直接的に体現させ、拝する信仰者の「感得」を促すところに独自性と特徴があるといえるのではないでしょうか。
5 社会的背景と教義の実践化
鎌倉時代中期、倭国は天災・飢饉・戦乱など社会的混乱に直面し、国難といえる事態の連続でした。日蓮は、これらの天災地変・国難の原因を正法(法華経)の不信に求め、他宗批判を通じて法華勧奨・妙法弘通を進めています。この過程で度重なる迫害(法難)に遭遇しますが、それらを久遠仏の加護と自らの使命の証と解釈し(※9)、一門の信仰をより一層強固なものにしていきます(※10)。
6 末法の世で「我常在此娑婆世界説法教化」を現実のものとした日蓮の久遠仏直参信仰
日蓮にとって、久遠仏への直参信仰は現世的危機に対する現実的かつ宗教的な解答であり、その教えは「末法における唯一の救済法」として意義付けられたのです。 日蓮の久遠実成の釈尊(久遠仏)観は単なる法華経解釈に留まらず、「唱題成仏の法門」創出、「捨邪帰正」を主眼にしての社会や権力への関わりなど多方面にわたり展開されました。
その思想と取り組みは、「永遠の仏」という形而上学的理念を宗教的に「我常に此の娑婆世界に在って説法教化す」として現実のものとし、末法五濁悪世での一切衆生救済を具体的なものにしたといえるでしょう。そして現代においても日蓮の久遠仏直参信仰は、普遍的救済と現実変革を志向する宗教思想として、一閻浮提を照らす光明の役割を果たしているといえるのではないでしょうか。
※1 法華経最第一
守護国家論 正元元年(1259)
法華経の法師品に釈尊自ら流通せしめて云わく「我が説くところの経典は無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説くべし。しかもその中において、この法華経は最もこれ難信難解なり」云々。文の意は、一代五十年の已・今・当の三説において最第一の経なり。八万聖教の中に殊に未来に留めんと欲して説きたまいしなり。
善無畏三蔵抄 文永7年(1270)
法華経は一代聖教の肝心、八万法蔵の依りどころなり。大日経・華厳経・般若経・深密経等の諸の顕密の諸経は、震旦・月氏・竜宮・天上・十方世界の国土の諸仏の説教、恒沙塵数なり。大海を硯の水とし、三千大千世界の草木を筆としても、書き尽くしがたき経々の中をも、あるいはこれを見、あるいは計り推するに、法華経は最第一におわします。
本尊問答抄 弘安元年(1278)9月
されば、倭国国、あるいは口には法華経最第一とはよめども、心は最第二・最第三なり。あるいは身・口・意共に最第二・三なり。三業相応して最第一と読める法華経の行者は、四百余年が間一人もなし。まして「能持此経」の行者は、あるべしともおぼえず。
※2 釈尊出世の本懐・法華経
守護国家論
法華経は如来の出世の本懐なるが故に「今、すでに満足しぬ」「今正しくこれその時なり」「しかるに、善男子よ、我は実に成仏してより已来」等と説く。ただし、諸経の勝劣においては、仏自ら「我が説くところの経典は無量千万億なり」と挙げ了わって「已に説き、今説き、当に説くべし」等と説く時、多宝仏、地より涌現して「皆これ真実なり」と定め、分身の諸仏は舌相を梵天に付けたもう。かくのごとく諸経と法華経との勝劣を定め了わんぬ。
聖人御難事 弘安2年(1279)10月1日
仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に出世の本懐を遂げ給う。その中の大難申すばかりなし。先々に申すがごとし。余は二十七年なり。その間の大難は、各々かつしろしめせり。
※3 久遠実成の釈尊(久遠仏)を信仰の根幹に据える
守護国家論
四十余年の権仏の説はこれを信ずべからず。今の法華・涅槃は、久遠実成の円仏の実説なり。十界互具の実言なり。また多宝・十方の諸仏来ってこれを証明したもう。故にこれを信ずべし。
開目抄 文永9年(1272)2月
今、久遠実成あらわれぬれば、東方の薬師如来の日光・月光、西方の阿弥陀如来の観音・勢至、乃至十方世界の諸仏の御弟子、大日・金剛頂等の両部の大日如来の御弟子の諸大菩薩、なお教主釈尊の御弟子なり。諸仏、釈迦如来の分身たる上は、諸仏の所化申すにおよばず。いかにいわんや、この土の劫初よりこのかたの日月・衆星等、教主釈尊の御弟子にあらずや。しかるを、天台宗より外の諸宗は本尊にまどえり。
聖密房御書 文永後期
久遠実成なんどは、大日経にはおもいもよらず。久遠実成は一切の仏の本地。譬えば、大海は久遠実成、魚鳥は千二百余尊なり。久遠実成なくば、千二百余尊はうきくさの根なきがごとし。夜の露の日輪の出でざるほどなるべし。天台宗の人々、このことを弁えずして、真言師にたぼらかされたり。真言師はまた自宗の誤りをしらず、いたずらに悪道の邪念をつみおく。
※4 久遠仏思想は日蓮の仏教観・社会観・権力観の根幹
守護国家論 正元元年(1259)
また云わく「もしこの法華経を受持・読誦し、正憶念し、修習し書写することあらば、当に知るべし、この人は則ち釈迦牟尼仏を見る。仏の口よりこの経典を聞くがごとし。当に知るべし、この人は釈迦牟尼仏を供養す」已上。この文を見るに、法華経は釈迦牟尼仏なり。法華経を信ぜざる人の前には釈迦牟尼仏入滅を取り、この経を信ずる者の前には滅後たりといえども仏の在世なり。
文永初期「断簡53」
是我有 其中衆生 悉是吾子等云云。この文のごとくならば、この三界は皆釈迦如来の御所領なり。寿量品に云く「我常に此の娑婆世界に在って」等云云。この文のごとくならば、過去五百塵点劫よりこのかた、此の娑婆世界は釈迦如来の御進退の国土なり。(昭和定本p2496)
四条金吾殿御返事(梵音声書)文永9年(1272)9月
釈迦仏と法華経の文字とはかわれども、心は一つなり。しかれば、法華経の文字を拝見せさせ給うは、生身の釈迦如来にあいまいらせたりとおぼしめすべし。 この志、佐渡国までおくりつかわされたること、すでに釈迦仏知ろしめし畢わんぬ。
一谷入道御書 建治元年(1275)5月8日
娑婆世界は五百塵点劫より已来教主釈尊の御所領なり。大地・虚空・山海・草木一分も他仏の有ならず。又一切衆生は釈尊の御子なり
※5 日蓮は法華経の行者
法華証明抄 弘安5年(1282)2月28日
法華経の行者日蓮 花押
※6 法華経の肝心たる南無妙法蓮華経
撰時抄 建治元年(1275)
彼の大集経の白法隠没の時は、第五の五百歳、当世なることは疑いなし。ただし、彼の白法隠没の次には、法華経の肝心たる南無妙法蓮華経の大白法の、一閻浮提の内八万の国あり、その国々に八万の王あり、王々ごとに臣下ならびに万民までも、今倭国国に弥陀称名を四衆の口々に唱うるがごとく広宣流布せさせ給うべきなり。
※7 久遠仏は説法教化を続ける現実的な仏
祈禱抄 文永9年(1272)
仏は、人天の主、一切衆生の父母なり。しかも開導の師なり。 同 釈迦仏独り主師親の三義をかね給えり。
法華取要抄 文永11年(1274)5月24日
この土の我ら衆生は、五百塵点劫より已来、教主釈尊の愛子なり。
一谷入道御書 建治元年(1275)5月8日
梵王の一切衆生の親たるがごとく、釈迦仏もまた一切衆生の親なり。また、この国の一切衆生のためには、教主釈尊は明師にておわするぞかし。父母を知るも師の恩なり。黒白を弁うも釈尊の恩なり。 同 この国の人々は、一人もなく教主釈尊の御弟子・御民ぞかし。
種々御振舞御書 建治2年(1276)八幡社頭の諫言
さては十二日の夜(竜口での斬首刑の夜)、武蔵守殿のあずかりにて、夜半に及び頸を切らんがために鎌倉をいでしに、わかみやこうじにうちいでて、四方に兵のうちつつみてありしかども、日蓮云わく「各々さわがせ給うな。べちのことはなし。八幡大菩薩に最後に申すべきことあり」とて、馬よりさしおりて高声に申すよう、「いかに八幡大菩薩はまことの神か。…中略・・・さて最後には、「日蓮、今夜頸切られて霊山浄土へまいりてあらん時は、まず『天照太神・正八幡こそ起請を用いぬかみにて候いけれ』とさしきりて、教主釈尊に申し上げ候わんずるぞ。いたしとおぼさば、いそぎいそぎ御計らいあるべし」とて、また馬にのりぬ。
※8 久遠仏は三界の国主
神国王御書 建治元年(1275)
仏と申すは三界の国主、大梵王・第六天の魔王・帝釈・日月・四天・転輪聖王・諸王の師なり、主なり、親なり。三界の諸王は皆此の釈迦仏より分かち給ひて、諸国の総領・別領等の主となし給へり。
※9「南無妙法蓮華経即釈尊(久遠仏)・釈尊(久遠仏)即南無妙法蓮華経」関連遺文
唱法華題目抄 文応元年(1260)5月28日
問うて云わく、ただ題目ばかりを唱うる功徳いかん。 答えて云わく、釈迦如来、法華経をとかんとおぼしめして世に出でましまししかども、四十余年のほどは法華経の御名を秘しおぼしめして、御年三十の比より七十余に至るまで法華経の方便をもうけ、七十二にして始めて題目を呼び出ださせ給えば、諸経の題目にこれを比ぶべからず。その上、法華経の肝心たる方便・寿量の一念三千・久遠実成の法門は妙法の二字におさまれり。
御衣並単衣御書 建治元年(1275)9月28日
三十二相八十種好の仏よりも法華経の文字こそ真の仏にてはわたらせ給いて、仏在世に仏を信ぜし人は仏にならざる人もあり、仏の滅後に法華経を信ずる人は「一りとして成仏せざることなけん」、如来の金言なり。
報恩抄 建治2年(1276)7月21日
求めて云わく、その形貌いかん。 答えて云わく、一には、倭国乃至一閻浮提一同に、本門の教主釈尊を本尊とすべし。いわゆる宝塔の内の釈迦・多宝、外の諸仏ならびに上行等の四菩薩、脇士となるべし。二には、本門の戒壇。三には、倭国乃至漢土・月氏・一閻浮提に、人ごとに有智・無智をきらわず一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし。このこといまだひろまらず。一閻浮提の内に仏の滅後二千二百二十五年が間、一人も唱えず。日蓮一人、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経等と声もおしまず唱うるなり。
妙心尼御前御返事(妙の字功徳の事) 建治2年(1276)または建治3年(1277)、5月4日
妙の文字は三十二相八十種好円備せさせ給う釈迦如来にておわしますを、我らが眼つたなくして文字とはみまいらせ候なり。譬えば、はちすの子の池の中に生いて候がように候はちすの候を、としよりて候人は眼くらくしてみず、よるはかげの候をやみにみざるがごとし。されども、この妙の字は仏にておわし候なり。 またこの妙の文字は、月なり、日なり、星なり、かがみなり、衣なり、食なり、花なり、大地なり、大海なり。一切の功徳を合わせて妙の文字とならせ給う。または如意宝珠のたまなり。
※9 久遠仏の加護と自らの使命の証
真言諸宗違目 文永9年(1272)5月5日
日蓮流罪に当たれば、教主釈尊衣をもってこれを覆いたまわんか。去年九月十二日の夜中には虎口を脱れたるか。「必ず心の固きに仮って、神の守り即ち強し」等とは、これなり。汝等ゆめゆめ疑うことなかれ。決定して疑いあるべからざるものなり。
開目抄 文永9年(1272)2月
倭国国に此をしれる者、但日蓮一人なり 同 又云はく「数々見擯出(さくさくけんひんずい)」等云云、日蓮法華経のゆへに度々ながされずば、数々の二字いかんがせん。此の二字は、天台・伝教もいまだよみ給はず。況んや余人をや。末法の始めのしるし、「恐怖(くふ)悪世中」の金言のあふゆへに、但日蓮一人これをよめり。 同 当世、法華の三類の強敵なくば誰か仏説を信受せん。日蓮なくば誰をか法華経の行者として仏語をたすけん
※10 自らと一門の信仰をより一層強固なものに
竜口の斬首寸前の危機から20日ほど経過した日蓮が「転重軽受法門」を著した背景には、文永8年の法難により鎌倉の日蓮一門は壊滅状態となるも、門下の個々人が「過去の誹謗正法による業を転重軽受している過程なのだ」と自覚することにより、法難を他人事ではなく我が事として捉えさせる、そしてともに乗り越えていこう、との強き思いがあるのではないでしょうか。
転重軽受法門 文永8年(1271)10月5日
涅槃経に転重軽受と申す法門あり。先業の重き今生につきずして、未来に地獄の苦を受くべきが、今生にかかる重苦に値い候えば、地獄の苦しみぱっときえて死に候えば、人天・三乗・一乗の益をうること候。 不軽菩薩の悪口・罵詈せられ杖木・瓦礫をかぼるも、ゆえなきにはあらず。過去の誹謗正法のゆえかとみえて、「その罪は畢え已わって」と説かれて候は、不軽菩薩の難に値うゆえに過去の罪の滅するかとみえはんべり December 12, 2025
4RP
【仏ドリル002】「痛みのない親子関係」のつくり方
ペンネーム:花みずき 年代:40代 お住まい:奈良県
はじめまして。中学生の息子との接し方について悩んでいます。最近、こちらが話しかけても返事がそっけなく、学校のことも友達のことも何も話してくれなくなりました。もともと明るい子だったのに、部屋にこもる時間が増え、「ほっといて」「別に」といった言葉ばかりで、親としてどう寄り添えばいいのか分からなくなっています。
つい心配のあまり強く言ってしまうこともあり、「また怒らせてしまった…」と後悔しては落ち込む日々です。仏教では、“相手を尊重する”とよく聞きますが、
・距離を置く方がいいのか
・もっと声かけすべきか
・見守るとはどういう態度なのか
迷ってしまいます。思春期の子どもと、どのような心の持ち方で向き合えばよいのでしょうか。ヒントをいただければ嬉しいです。
【解法のヒント】
・釈迦の言葉:「わたしには子がある。わたしには財がある」と思って愚かな者は悩む(子煩悩)
・御仏:鬼子母神きしもじん(訶梨帝母かりていも)
[一言]500~1万もの子供を持つ女神。もともとは夜叉の妻であったが、改心して母と子を守護する神とされた。
(真言)オン ドドマリ ギャキテイ ソワカ
【功徳】安産 育児
・禅語:明珠在掌(みょうじゅたなごころにあり):大切な宝=必要とするものはすでに自分の手のひらにある
(キーワード)
・善友…共に学び、互いに支え合い、励まし合いながら絆を深め、成長してそれぞれの使命を果たしていくことを願う仲間のこと
・親子…大切な友のように接する
・子供…親の所有物でなく、別人格の存在
・同行二人…共に支え合いながら、同じ旅路を進むことの重要性を説く言葉。※四国のお遍路において弘法大師が寄り添ってくれている、孤独ではないという意味でも使われることが多い
・心は鏡…自分の心の状態や感情が周囲の出来事や他者に反映されること
・自己受容…自分の良いところも悪いところも含め「これが今の自分だ」と認めること
・慈悲喜捨…他者の苦しみを取り、悲しみに共感し、喜びを祝福し、固定観念を捨てる愛
【仏ドリル ルール】
1.尚徳は“主催”として頂いているお悩みに対して、智慧の材料と解答例をご紹介します。
2.正解はありません。解法のヒントを活用して皆さまが創るものです(変わっても◎)。
3.コメントに投稿しても構いませんが、絶対に他人の投稿を批判や非難しないこと。
※毎朝8時~9時に尚徳の回答例と解説、修活講座と英語de仏教をお届けいたします。
#仏教 #親子 #子育て December 12, 2025
3RP
人生が楽しいなんておかしな話ですよ。
生きているだけで楽しい訳がないんです。
人生とは苦しみなんです。
釈迦も言っています。
でも、だからと言って不幸な訳でもないんです。
ただ苦しみというものがある、それだけなんです。
何も悲観することはありません。
https://t.co/9Z2czqOjbd December 12, 2025
3RP
@badassceo お釈迦さまはこう仰いました。
「心がすべてをつくり出す。
心が清らかなら
幸福はその人を追いかける。」
心を整え
力を抜いて生きましょう
是非読んでみてください🙏
https://t.co/LPxC2WBITg December 12, 2025
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イエスや釈迦が『孤独』だったか、知りたくない。『他人が存在する世界』に生きる『絶望』。じつは、この宇宙に『あなた』しか、いない。これを『識る』ことが「悟り」だ。たぶん、四、五年後に科学者から云われても、俄には信じられないだろう。でも、『あなた』しか、いない。なんとなく、感じたかな December 12, 2025
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@kamiyan191969 おはようございます
年末進行&冬コミ…と
修羅場の12月になりましたね
如月ちゃんもお釈迦ちゃん以降
可愛い中に凛々しい雰囲気が増して
凄く手に取って拝見するのが楽しみです
体調に気をつけて良い年末にしましょう💪 December 12, 2025
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**『寂聴 般若心経 生きるとは』**は、瀬戸内寂聴氏が仏教の教え、特に「般若心経」の神髄を、現代を生きる私たちの心の拠り所として分かりやすく説き明かした本です。
あらすじ・内容
本書は、誰もが一度は耳にしたことのある「色即是空」を含む「般若心経」の全てを、瀬戸内寂聴氏が平易な言葉で解説しています。主な内容は以下の通りです:
•仏教とは: お釈迦さまの教えの基本。
•五蘊皆空: 人間の心身は五つの要素(色・受・想・行・識)で成り立っており、それらには固定不変の実体がない(空である)という教え。
•色即是空: 物質的なもの(色)はすべて「空」であり、苦しみからの解放へと繋がる思想。
•諸法空相: すべての物事は因縁(原因と条件)によって一時的に生じているだけであり、実体がないという教え。
•四諦と八正道: 苦(人生は苦である)、集(苦の原因は煩悩である)、滅(苦を滅した悟りの境地)、道(悟りへの実践道)という四つの真理についての解説。
由来・歴史
•般若心経の由来: 般若心経は、古代インドのサンスクリット語の経典がルーツです。唐の時代に玄奘三蔵(三蔵法師のモデル)がインドから持ち帰った「大般若経」という約600巻にも及ぶ経典の教えを、わずか約300字に凝縮したものです。
•瀬戸内寂聴氏と般若心経: 瀬戸内寂聴氏は、自身の人生経験や出家後の修行を通して、般若心経の教えを深く理解し、多くの人に伝える活動を行いました。彼女は、この経典を「苦しみから解放されるための智慧」として捉え、誰にでも実践できるように解説しています。痛みや困難を乗り越えるために般若心経を書写(写経)していた時期もあったとされています。
推移
本書は、もともと単行本として出版された後、多くの読者に支持され、中公文庫版としてロングセラーとなりました。その後も、新装版や電子書籍版 が発売されるなど、時代を超えて多くの人々に読まれ続けている、彼女の代表的な仏教解説書の一つです。
⏬タッチ🙌🔎🔍拡大して👀良く見て🙇🏻♀️読んで下さい🙇🏻♀️🙇 December 12, 2025
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**『寂聴 般若心経 生きるとは』**は、瀬戸内寂聴氏が仏教の教え、特に「般若心経」の神髄を、現代を生きる私たちの心の拠り所として分かりやすく説き明かした本です。
あらすじ・内容
本書は、誰もが一度は耳にしたことのある「色即是空」を含む「般若心経」の全てを、瀬戸内寂聴氏が平易な言葉で解説しています。主な内容は以下の通りです:
•仏教とは: お釈迦さまの教えの基本。
•五蘊皆空: 人間の心身は五つの要素(色・受・想・行・識)で成り立っており、それらには固定不変の実体がない(空である)という教え。
•色即是空: 物質的なもの(色)はすべて「空」であり、苦しみからの解放へと繋がる思想。
•諸法空相: すべての物事は因縁(原因と条件)によって一時的に生じているだけであり、実体がないという教え。
•四諦と八正道: 苦(人生は苦である)、集(苦の原因は煩悩である)、滅(苦を滅した悟りの境地)、道(悟りへの実践道)という四つの真理についての解説。
由来・歴史
•般若心経の由来: 般若心経は、古代インドのサンスクリット語の経典がルーツです。唐の時代に玄奘三蔵(三蔵法師のモデル)がインドから持ち帰った「大般若経」という約600巻にも及ぶ経典の教えを、わずか約300字に凝縮したものです。
•瀬戸内寂聴氏と般若心経: 瀬戸内寂聴氏は、自身の人生経験や出家後の修行を通して、般若心経の教えを深く理解し、多くの人に伝える活動を行いました。彼女は、この経典を「苦しみから解放されるための智慧」として捉え、誰にでも実践できるように解説しています。痛みや困難を乗り越えるために般若心経を書写(写経)していた時期もあったとされています。
推移
本書は、もともと単行本として出版された後、多くの読者に支持され、中公文庫版としてロングセラーとなりました。その後も、新装版や電子書籍版 が発売されるなど、時代を超えて多くの人々に読まれ続けている、彼女の代表的な仏教解説書の一つです。
⏬タッチ🙌🔎🔍拡大して👀良く見て🙇🏻♀️読んで下さい🙇🏻♀️🙇 December 12, 2025
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聖天遍路 第23話(中)『菩都歌巣の天啓』(8頁)🙇♂️1/2八方浄土への経由地五黄地聖界の本宮に着いた福太郎!#漫画が読めるハッシュタグ #西国三十三所 #マンガが読めるハッシュタグ #聖天遍路 #仏教 #寺 #五黄地聖界本宮 #ボッカス #ブラフマー #釈迦 WEBマガジン菩都歌巣で毎月9日発刊!連載中
https://t.co/zDqZYOHwj9 December 12, 2025
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聖天遍路 第23話(中)『菩都歌巣の天啓』(8頁)🙇♂️2/2八方浄土への経由地五黄地聖界の本宮に着いた福太郎!#漫画が読めるハッシュタグ #西国三十三所 #マンガが読めるハッシュタグ #聖天遍路 #仏教 #寺 #五黄地聖界本宮 #ボッカス #ブラフマー #釈迦 WEBマガジン菩都歌巣で毎月9日発刊!連載中
https://t.co/zDqZYOHwj9 December 12, 2025
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釈迦に念仏かもしれせんが、日常業務で定期借家を普段から多く扱ってる身からすると全く不思議ではないです。
一般的には、住居用は普通借家が多く、事業は定期借家が多いです。
定期借家は、6〜12ヶ月前の事前通知で解約できるのが通常で、再契約はお互いに合意をした場合のみです。
定期借家には法律上延長はないので、再契約か終了かいずれかです。
民泊の原状回復義務を免除して、設備をそのまま取得して、民泊始める建物所有者がいても不思議ではないので、所有権で民泊をやらないとリスクが大きいです。
よほどの事(詐欺行為等)がない限り、勝ち目がないと思われます。 December 12, 2025
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よしもと漫才劇場11周年&森ノ宮よしもと漫才劇場5周年記者会見に出させて頂きました!
緊張しました!
その後のボビスケ!
浪速モダンカダン、釈迦虎ありがとう!
おもろすぎたなー笑
答えもう言ってくれよ。ってお客さんがなってる感じ中の、答えまだ出そうとしてる空気感がおもろすぎました! December 12, 2025
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